― 116 ―ためにフィリッポス2世の容貌を真似ようとしていたこと、また彼は知的障害を持っていたために、剃刀の使用が禁止されていた可能性も指摘する。⑻森谷公俊『王妃オリュンピアス アレクサンドロス大王の母』筑摩書房、1998年、201頁は、カッサンドロスが手厚い埋葬を行なった理由について以下のように考察し、アッリダイオス説を支持している。「オリュンピアスの手で非業の死を遂げた二人をひときわ豪華に埋葬することによって、自分が王家の守り手であることを印象付けようとした。これもまた彼自身の権力を正当化するための格好の手段であった。」⑼ディアデムの定義についてはHornblower, S. and Spawforth, A.(eds), The Oxford ClassicalDictionary 3rd ed., Oxford: Oxford University Press, 460 を参照。ディアデムは王笏、紫衣と並んでヘレニズム時代における王権の象徴であった。ディアデムにはアレクサンドロスによって、アジアの征服者としてのイメージが付与され、後継者戦争では正当な後継者を主張する権力者たちが身に着けた。⑽Palagia (2000) 178-180. 本文中の( )は筆者補足。⑾Plut. Alex. 40.⑿《アレクサンドロス石棺》については、Von Graeve, V., Der Alexandersarkophag und seine Werkstatt,Mann, Berlin: Istanbuler Forschungen. 28., 1970を参照。⒀彼をアレクサンドロスとみなす説は、Hamdy Bey O., and Reinach, T., Une Ne'cropole Royale &Sidon, 2 vols. Paris: Leroux, 1892をはじめ、多くの研究者たちによって支持されている。一方Shefold, K., and Seidel, M., Der Alexander Sarkophag, Berlin: Propyläen Verlag, 1968など、彼を単なる従者に過ぎないと考える研究者もいる。⒁Curt. IV. 1. 15-26.⒂《アレクサンドロス石棺》における図像解釈については、拙稿「《アレクサンドロス石棺》浮彫の図像解釈に関する考察─「大王の戦闘場面」を中心に─」『西洋古典学研究』LXI, 岩波書店,2013年、60-72頁を参照。⒃Curt. IV. 1. 24.⒄ Arr. 4. 13. 2, Curt. VIII, 1. 14-16.
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