― 121 ―これら420点余りの素描と4冊の素描帖の網羅的な調査結果に基づきつつ、本報告論文では、未刊のものを含む1907年から1912年の素描における身体表象に焦点をあてることで、この時期の彫刻家の素描における身体のイメージの変容のなかに、彼独自のキュビスム形成のプロセスを読み解く鍵が存在することを明らかにする。2.身体の形態的構造の変容レイモン・デュシャン=ヴィヨンが分析的なキュビスム風の素描を始めるのは1911年頃だが、それ以前は、1906年の《フットボール選手たち》(ルーアン美術館所蔵。以下MbRと表記)や1907年の《傾いだ女》(パリ、ポンピドゥー・センター所蔵。以下Mnamと表記)のように、彫刻家ロダンの影響を受けた解剖学的な裸体像を制作している。だが実際にどのような過程を経て解剖学的関心からキュビスム風の幾何学的様式に移行したのだろうか。ここでは解剖学的な表現が記号的身体と幾何学的分析のふたつの方向性へと繋がっていく経緯を明らかにする。2-1.解剖学的身体から記号的身体へこの度の調査で発見されたルーアン美術館所蔵の未刊行素描帖には、記号的身体の起源を理解するうえで重要な意味を持つ1枚の習作が含まれている〔図1〕。紙片中央には大きく屈む裸女の左側面が描かれているが、腹部の筋肉組織が克明に描写されている。また左手前には屈んだ姿勢の骨盤と大腿骨の接続部分が描かれている。大腿骨のすぐ右に、屈む女を全面から捕らえた習作が認められるが、ここには明らかに、ポンピドゥー・センターのシリーズ(AM1984-471)に所蔵された、スタート・ダッシュのポーズの習作との密接な関連性が認められる〔図2〕。12枚の素描からなるこのシリーズには、1909年の彫刻《座る若い女》(Mnam)の習作と考えられるものが含まれるため、これらは1909年頃制作されたものだと考えられる。同シリーズには腰を屈めた身体の骨格を描いた素描も認められるが〔図3〕、このような骨格への関心は1909年以前の素描には認められないものであり、デュシャン=ヴィヨンがこの時期、筋肉組織だけでなくそれを支える核の部分にも関心を寄せ始めたことを示している。スタート・ダッシュの瞬間の、これから解き放たれようとする動きの力強さを秘めた《屈む女の習作》〔図1〕の解剖学的身体は、身体の形状をアルファベットに擬えるモノグラムの着想源となっている。ルーアン美術館に所蔵されている1912年頃のものと考えられる素描の左手には(注3)、背をD字に丸め、V字に2本の前腕を並べた
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