― 122 ―猫のモノグラムが描かれている〔図4〕。猫の姿を極限まで抽象化させたこの記号的身体は、同じ紙片右側で繰り返し描かれている屈む裸体女性像から変容したものである。女性のR字型に曲げられた体と、腰の描くD字は、彫刻家の名の頭文字を示している。この図像は明らかに《屈む女の習作》〔図1〕から着想を得ているのだが、その形状は図式化されている。さらにこの女性像は、作者の名前を全身で意味するモノグラムである一方で、台座に載せられ、シルクハットを被った男性観者の鑑賞の対象とされている。女性裸体像と着衣の男性の組み合わせは、マネの《草上の昼食》(1863年、パリ、オルセー美術館)を想起させるものである。しかし同時に、スタート・ダッシュの姿勢によって作者の頭文字を象る女性像は、男性鑑賞者のエロティシスムを掻き立てる裸性の表現であるというよりもむしろ、彫刻家の個性を表示する造形作品として鑑賞者の前に存在している。このように、1909年の解剖学的構造の探求は、身体像における純粋に造形的な可能性への関心を高め、1912年のモノグラムの習作における文字としての身体像、すなわち芸術家を示す抽象的な記号としての造形へと展開するのである。2-2.解剖学的分割から幾何学的分析、そして幾何学的構築へ1911年には解剖学的分割から幾何学的分析への展開の過程を示す一連の素描が認められるようになる。この年、デュシャ=ヴィヨンはしばしば、身体の筋肉や腱の部位の輪郭線を明瞭に描いているが〔図5〕(注4)、次第に輪郭線を単純化した人物像を描くようになる〔図6〕(注5)。これらの人物像の形状は解剖学的特徴を考慮したものでありながら、その影の幾何学的な特徴には、身体をより幾何学的、図式的に分析しようとする意図が認められる。同じ頃描かれたと考えられる、ポンピドゥー・センター所蔵の女性習作〔図7〕には、頭頂部から曲げられた左足の膝に至って描かれた垂直線に、比率を調整するための印が描きこまれている。このような印の記入は、その輪郭線の直線的な特徴とあわせて、彫刻家の幾何学的な考察の痕跡となっている。同じ年、デュシャン=ヴィヨンはさらに比率のダイヤグラムを展開している。ポンピドゥー・センターに所蔵されている別のデッサンでは、上下の水平線にそれぞれ9つの点をとり、それらを垂直および斜めに結び合わせて幾重にも長方形と菱形を形成し、その中に歩く男性像を配置している〔図8〕(注6)。ところが1911年末に描かれたあるデッサンでは〔図9〕(注7)、菱形の重複から成るダイヤグラムは、比率を調整するという役割から大きく離れ、身体の解剖学的特徴とは全く無関係な幾何学的なユニットの構築へと向かっている。
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