tsuto
133/639

― 123 ―以上のように、これらのデュシャン=ヴィヨンの1911年の一連の素描は、解剖学的分割から幾何学による身体像の分析、そして幾何学を用いた新たなる身体像の構築へと移行するような展開を示している。3.身体表象における物語の消滅1911年に制作された《ボードレール》(兵庫県立美術館所蔵)の頭部像もまた、幾何学的に理想化された形状を特徴としている。この作品を制作する際にボードレールの写真が参照された経緯や、ブロンズや石膏で残された頭部習作などに関しては、先行研究のなかで詳しく言及されてきた(注8)。しかしこの作品のための一連の習作に関しては、これまで十分に論じられてきたとはいえない。実際そのなかに未刊のものも存在することが、調査の結果明らかとなった。ここでは素描を中心に分析しながら、身体表象において物語的な要素が消滅する軌跡を辿りたい。最初の習作〔図10〕では、デュシャン=ヴィヨンがこの作品を全身像として構想していたことがわかる。画面左中央には骸骨の習作が認められるが、これは退廃主義詩人としてのボードレール像である。続く素描〔図11〕ではボードレールはヴェールを纏ったミューズを背後に伴っている。空から降り立ったばかりのミューズが詩人の背に近づくこの構図には、表現された場面の前後の出来事を想像させる、ある種の物語的な要素を見いだすことができる。ルーアン美術館所蔵の1枚の未刊素描には、これとは別の案が提示されている。そこには裏表の両面に、斜めの台座に設置されたボードレールの頭部像を見上げる男が描かれている〔図12、13〕。裏面〔図13〕に克明に描かれているように、頭部像を見上げる男性自身も台座に乗っており、彫刻作品の一部であることがわかる。この鑑賞者は、裏面左側の素描に認められるように、燕尾服を着た紳士なのだが(注9)、このようなモデルの服装の選択には明らかに、1863年のボードレールのテクスト「現代生活の画家」の一節「ダンディ」(注10)へのオマージュの意が込められている。ここで彫刻家は、ミューズが詩人に降りてくるという物語的な構想から、近代的な身なりの鑑賞者に賞揚される詩人の頭部像という、詩人の象徴的な立場を表示する構図へと、関心を移行させている。完成作においては、ミューズも燕尾服を着た鑑賞者も登場しない。完成作《ボードレール》に最も近いポンピドゥー・センターの素描〔図14〕には、幾何学的に分析された頭部のみが描かれている。この厳格な線から成る表現にはいかなる物語性も存在しないが、代わりに彫刻家による、静かに瞑想する詩人への賞賛と共鳴が宿っている。

元のページ  ../index.html#133

このブックを見る