― 124 ―それはミューズや鑑賞者といった説明的なモチーフなしに、自らの思考を幾何学的造形に託すことへのある種の確信が、この時期、芸術家のうちに芽生えていたことの証左であるといえる。4.《メゾン・キュビスト》と身体像4-1.デュシャン=ヴィヨンと装飾運動1912年、デュシャン=ヴィヨンはアンドレ・マールの注文に応え、ファサードの模型を手がけている。今日《メゾン・キュビスト》として知られているこの模型は、1912年のサロン・ドートンヌにおいて、マールが指揮をとった室内装飾《ファサードのアンサンブル》の入り口に《邸宅のプロジェクト》として展示された(注11)。この企画と、1910年のサロン・ドートンヌでフランツ・ジュールダンにより企画されたミュンヘン装飾芸術展との関連性については、ナンシー・J・トロイおよび天野知香の研究においてすでに炯眼が示されている(注12)。このためデュシャン=ヴィヨンの装飾芸術に関する考察について、本論文では、筆者がカンディンスキー図書館にて発見した以下の未刊の手稿を引用するにとどめる。今ここにある規律の模範、それは行きすぎた個人主義が慣習的な風習となってしまっている芸術の世界では、新しいものだ—建築家も、彫刻家も、画家も、ただひとつの展覧会に集い彼らの研究を発表している。広く普及し、心地よく、まさに輝いている共通の枠組みにおいては、家具は損なわれることなく継承される。このことこそが4年前にミュンヘンの人々に教わった真の成果であり、この特別な場合に限っては彼らの影響に不満を言うことなどできないだろう。というのも、その他の場合については、フランスの公衆は依然として、現代的な家具のうちにバイエルン風やルイ・フィリップ風の構想しか見てはいないと思われているからだ。(注13)ここで述べられている「ただひとつの展覧会」とは、当時絵画や版画、彫刻だけでなく建築や装飾芸術にも門戸が開かれていたサロン・ドートンヌを意味する。デュシャン=ヴィヨンがサロン・ドートンヌの最近の傾向として見出しているものは、不揃いに提示された個性的表現を凌駕する、ある種の「規律の模範」や「共通の枠組み」である。彼によれば、それは「ミュンヘンの人々に教わった真の成果」であり、このような主張に我々は、ドイツの装飾芸術から学んだ現代的な様式を、フランスの
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