― 4 ―王、巻六が愛染明王、巻七が鬼子母神、巻八が松に鶴となっている〔図7〕。この内、長榮山図のみで構成される巻八の松に鶴は、日蓮鶴林(入滅)の霊場である本門寺を象徴的に表したものであろう。四天王・不動・愛染は、日蓮が図顕した「大曼荼羅本尊」において、法華経世界を守護するように視覚的に周囲に配された守護神たちである〔図8〕。『法華経』の会座に登場しない不動・愛染を守護神とする由来は、日蓮が建長6年(1254)に日月の中に生身の不動・愛染を感得したという故事によるが、各見返絵が円相の中に描かれ、不動・愛染にのみ雲が描かれていることは、多分にこの故事を意識したものであろう。鬼子母神は、日蓮が法華経の守護神の中で特に重要視した善神であり、近世においては破邪調伏・安産子育の祈祷本尊として信仰された。見返の守護神は、絵巻で語られる日蓮の超人的な霊験に満ちた生涯が、法華経の行者を守護する諸天善神の加護を受けたものであることを端的に表現しているのであろう。また、巻七の構成も特徴的である。「註画讃」においては、身延を出て池上に至った日蓮が、『立正安国論』を講義して入滅。遺体を荼毘所に運んで荼毘に付し、収骨の後、身延に墓塔と御影堂を建てるとともに、弟子が池上に集まって遺文の編纂を行うまでが描かれる。しかし「縁起絵巻」では、身延を出て池上に至った日蓮の前で弟子の日法が日蓮像を彫刻し〔図9〕、日蓮入滅へと続くが、伝記はここで突然終わり、巻八の長榮山図に続く。日法彫刻の日蓮像が、同じ伝承を持ち現在も本門寺に祀られる日蓮像を表すことは自明である。また、日蓮入滅で伝記を終え、身延に一切触れないことで、日蓮入滅の地=日蓮棲神の地としての本門寺を強調したものとなっている。これらは本門寺へ奉納することを多分に意識した構成といえるとともに、典信あるいは妙性尼にとって、本門寺が信仰の上で如何に重要な場であったかを示す構成ともいえよう。妙性尼の毘沙門天信仰『東洋美術大観』は狩野謙柄の談として、典信出生にかかわる木挽町家の伝承を次のように伝える(注6)。「典信実は仙台侯の落胤なり。妙性尼曾て典信を芝の毘沙門天祠に祈り、一日帰路これを拾へり。」あくまで明治期における木挽町家の伝承であるが、典信が伊達侯の落胤であるとの伝承はさておき、妙性尼が「芝の毘沙門天祠」に祈誓して典信を授かった、という行
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