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― 157 ―(1903)〔図2〕、《印度神話エスキース》(1903頃)〔図3〕、《丘に立つ三人》(1904)〔図4〕、《エスキース》(1904)〔図5〕、《インド人》(1904?)〔図6〕を確認できた。ここでは、中でも宗教的な雰囲気の漂う《闍威弥尼》と《優婆尼沙土》に注目して検討を加える。《闍威弥尼》は、ミーマーンサー学派の開祖であるジャイミニが、立派な椅子に座った姿で、小画面の中心に描かれている。現在の色彩は全体的に暗い色調となっているが、ジャイミニが数種類の色彩が用いられた装飾的な衣装を身にまとっていることは把握できる。表情は明瞭ではないが、正面を向き、組まれた手から何かを祈っているようにも見える。男性、あるいは女性として描かれているのかも判断できないが、髪は長く、ボリュームがある。青木の最初の画集である『青木繁画集』の記載によると、この作品は鉛筆で描かれた上に色鉛筆と水彩が用いられ、周囲に金が使用されていたようである(注11)。現在は金の部分はほとんど確認できないが、この画面に金があれば、さらに神秘的な画面になるに違いない。《優婆尼沙土》は、白馬会第8回展に数点の神話画稿の中のひとつで、現在行方不明となっているものの、前述した『青木繁畫集』において図版が、色刷りではないが大きく掲載されている貴重な作例である。向かって画面右上には、青木のサインと「1903」の制作年が記されている。ウパニシャッドとは秘伝書のことであるが、この画面に何が描かれているのかは明確ではない。ウパニシャッドに記されている何らかの儀式を行っている場面であろうか。柱があることや、床が菱形模様になっていることからは室内であることが理解できる。画面に向かって左から右に進む横向きの人物が10名、画面半分には正面を向く人物が3人描かれているように見えるが明確ではない。それらの人物のほぼ全ての頭上に光輪が描かれ、どの人物もボリュームのある豪華な衣装をまとい、胸の前で手を合わせていることで、厳かで神秘的な雰囲気となっている。横並びの人物たちの衣装に見られる繊細な線から、画面には《闍威弥尼》と同様に、水彩だけではなく色鉛筆が使用されていたことが推測される。なお、昭和58年(1983)に開催された『青木繁 明治浪漫主義とイギリス』の解説によると、この作品は、明治38年(1905)、青木の「画談」が載った『白百合』第2巻第4号において、「佛陀時代の幻影」という題で、写真版が掲載されているようである(注12)。《闍威弥尼》と《優婆尼沙土》に関しては、両作品とも当時の色彩を把握することはできないが、蒲原隼雄が「色彩が豐富で神祕な『優婆尼沙土』があつた。」(注13)と述べていることや、以下の正宗の2つの追想からは両作品が美しい色彩であったこ

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