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― 158 ―とが理解できる。二十一歳にしてなした氏の「吠陀の祭」「ウパニシヤド」等の色彩の豊富、感情の神祕、その効果の魅力、實際氏を天才と云ふのは最も適切である。色は明るくして渋く澁く印度の佛畫の如く、無限の空想にも迷つてゐる(注14)。色鉛筆と水彩の「ウパニシャードの祭」を描いたその繪の赤い色が美しいといふ感じを一寸持つた記憶がある。又金で光背など彩つてゐた水彩には珍しい感じがした(注15)。また松本清張は、両作品に描かれている人物に関して、「儀式をあらわす場面の中央に高貴らしい女性を立たせているのは青木の無知からきている。ウパニシャッドは古代インドのカースト制による最上層階級の意味をも持ち、この階級は徹底した男尊女卑であり、このような宗教儀式(中略)に女性が重要な役で参加することはありえない」(注16)と述べ、青木にはそれほどインド文化に関する知識がなかったということを指摘している。さらに松本は、「ヴェーダの祭祀儀礼の意義を哲学的に研究した」ジャイミニを、青木が女性だと考えたのは「尼」の漢字にひかれた誤りからだと述べている(注17)。しかしながら、松本が指摘する人物たちが女性として描かれているのかどうかは判然としない。確かに両者とも髪が長く、肩幅も狭く華奢な体つきをしてはいるが、青木が男性を長髪で描くことは《男の顔(自画像)》や《日本武尊》などの画面にみられるし、最初に挙げたインド文化に関する作品のひとつである《エスキース》のように、男性たちの肩幅が狭く描かれている場合もある。ただ、このように男女の区別がつかないということからは、青木がジャイミニやウパニシャッドの儀式を忠実に再現することを目的としていないことが理解できる。むしろインド文化の神秘的な雰囲気に惹かれた青木は、その真味を絵画化することに重点を置いていたのではないだろうか。そのような試みは、彼の構想力と、繊細さと勢いを兼ね揃えた筆触によって見事に成功し、画面にはインド文化の持つ神秘的な情調が表現されている。ところで、青木はこれらの作品を描くにあたり、一体どのようなものを参照したのであろうか。『舊約物語』の挿絵である《旧約聖書物語挿絵》などは、すでに参照したものが明らかとなっている。そこで青木が読んだ可能性の高い国会図書館の書物に

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