― 159 ―焦点を絞り、「インド」・「ジャイミニ」・「ウパニシャッド」などをキーワードとし、1904年までに発行された書物を調査したが、それらの書物には挿絵がほとんど無く、結論から述べると、青木が参照したと考えられる絵・写真などを見出すことはできなかった。ただ、古事記に題材を得た《わだつみのいろこの宮》を描くにあたり西洋絵画の構図を用いたように、インド文化に関する作品を描くにあたっても、西洋絵画の構図を用いている可能性が充分考えられる。勿論《わだつみのいろこの宮》において、青木が1点の作品からではなく、複数の作品から着想を得ているように、参照した作品を1点に絞ることはできないが、例えば、髪の長い人物が正面を向いて椅子に座る画面はギュスターヴ・モローの《ユピテルとセメレー》〔図7〕に見られるし、フェルディナント・ホードラーの作品群やバーン=ジョーンズの《プシュケの結婚》〔図8〕などには、横長の画面に、横向きで画面の端に進む人物たちを確認することができる。また菱形模様の床なども西洋絵画においては頻繁に見られる画面である。3 青木繁の宗教観と目指した絵画ここまで考察してきたことを基にして、青木の宗教心の有無について検討してみる。青木の描く幻想的な画面は、時に見るものに宗教心を覚えさせる。蒲原有明は青木の作品を見た際に「僕の心に宗敎といふことを暗示した」と述べている(注18)。また《闍威弥尼》、《優婆尼沙土》あるいは『舊約物語』の挿絵のような宗教的な作品を描いていることから、青木には宗教心があったのではないかと考えた。しかしながら、把握できたインド文化に関する作品が1903年から1904年までの一時的な時期であること、キリスト教に関する作品が『舊約物語』の挿絵である《旧約聖書物語挿絵》のみであること、そして作品分析から把握できたように、それらの画面が決して主題に忠実ではなかったことなどから、青木に強い宗教心があったとは考えにくい。ゆえに、たとえ宗教的な雰囲気を持つ作品であっても、そこに青木の宗教観が明確に表現されているわけではないということになる。では青木はどのような目的でこれらのインド文化に関する作品を描いたのであろうか。友人の坂本繁二郎は青木について、「青木は図書館にも通いづめ、古典文学を読みふけって神話の世界に幻想的な画題を求めていました。」(注19)と述べている。この証言からは、この時期に青木が目には見えない幻想的な場面を絵画に表現しようとしていたことを汲み取ることができる。第2節の作品分析からも、青木がインド文化の神秘的な雰囲気を絵画化することに重点を置いていたことを理解できた。
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