― 160 ―松本清張は、「彼が中国歴史に無知なため、図書館の本で読んだ古代インド宗教説話に材を求めたにすぎない。」(注20)と述べているが、むしろ青木は、自分が表現したいと考えた神秘的な雰囲気を持つインド文化であるからこそ画題として選択したのである。青木は同時に西洋のラファエル前派にも傾倒しており、拙著のなかで、青木繁にとってラファエル前派とは、まさに彼が憧憬した「假象の社会」を描いていた画家たちであるということを主張したが(注21)、それは青木が惹かれたインド文化の魅力にも繋がる。政治学者、歴史学者である中島岳志氏は、日本におけるインドの認識に関する文章の中で青木に触れ、「ヴェーダの中に、生命の本質が描かれていると考え、それをモチーフに絵を描こうとする」(注22)ということを指摘し、さらに「彼は、インドには私たちが失ってしまった何かの『生命の神秘』や『輝き』が存在すると考え、それを掴んで描きたいという衝動を抱えていました。」(注23)と述べている。中島氏が述べている「私たちが失ってしまった何かの『生命の神秘』や『輝き』」を持つインド文化とは、まさに青木の考える「假象の社会」なのではないだろうか。つまり青木がインド文化に主題を求めたのは、ラファエル前派の画家たちが描いたような「假象の社会」を、画面に生み出す為であったと考えられる。さいごにこれまで青木のインド文化に関する作品は、古事記などを題材にした神話画稿のひとつとして、図録や画集において紹介・解説などがされてきたものの、それほど注目されてこなかった。しかしながら、本論でインド文化への関心を掘り下げて考察することによって、青木の制作態度、あるいは青木が描きたかった絵画がどのようなものであったのかをさらに強く裏付けることができた。青木の制作意欲を刺激したのは彼の宗教観ではなく、幻想的な「假象の社会」への憧憬だったのである。このようなインド文化に向けた関心は、青木の大画面の傑作にも必然的に繋がっているだろう。例えば青木の代表作である《海の幸》における横向きの人物たちが画面の端に進んでいくような構図は《優婆尼沙土》に見られるし、交差する長い道具は《エスキース》にも見られる。また他の作品、つまり《印度神話エスキース》、《丘に立つ三人》、《インド人》などにみられる民族的な雰囲気も《海の幸》に通じている。さらに青木は、《海の幸》とともに、どのような作品であったのかは不明であるが《優婆尼沙土賛誦》という作品も出品している(注24)。また《わだつみのいろこの宮》
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