― 161 ―を出品する際にも、同じくどのような作品かは不明ではあるが、先に《印度神話》を出品し、後で《わだつみのいろこの宮》に作品変更している(注25)。これらの事実は、青木のインド文化への興味が、これまで考えられてきた以上に深く青木の画業に関わっていることを示しているのではないだろか。拙著の中で、青木の作品の特徴である朱色の線について、菩薩などの肉身線を朱色で描くというインドから伝わった仏教絵画の伝統とも繋がりがあるように考えられると述べたが(注26)、そのような朱色の線は、まるで青木とインドとの関係を示唆しているようである。注⑴青木繁『假象の創造[増補版].』中央公論美術出版、2003年、9頁⑵同書、12頁⑶同書、13頁⑷同書、14-15頁⑸例えば河北倫明氏は、青木が、梅野満男への手紙に、人から聞いた死体の話をまるで実際にみたかのように詳細に書き、異常な感想まで書いていることを指摘している。[河北倫明『河北倫明美術論集第三巻』講談社、1977年、226 頁]⑹土屋詮敎『印度哲学史』東京専門学校出版部蔵版、111頁⑺前掲書『假象の創造[増補版]』、135頁⑻同書、15頁⑼同書、229頁⑽岩野泡鳴「故靑木繁氏の一面」『新小説』第18年第3巻、春陽堂、1913年、56頁⑾小谷保太郎『青木繁画集』政教社、1913年、16頁⑿石橋財団石橋美術館・栃木県立美術館・石橋財団ブリヂストン美術館・ひろしま美術館『青木=明治浪漫主義とイギリス展図録』東京新聞、1983年、139頁⒀前掲書『假象の創造[増補版]』、279頁⒁同書、246頁⒂正宗得三郎「靑木繁の藝術」『造形芸術』第1巻・第4号、造形藝術社、1939年、13頁⒃松本清張『私論 青木繁と坂本繁二郎』新潮社、1982年、48-49頁⒄同書、49頁⒅前掲書『假象の創造[増補版]』、279頁⒆坂本繁二郎『私の絵私のこころ』日本経済新聞社、1976年、37頁⒇前掲書『私論 青木繁と坂本繁二郎』、45頁� 拙著 髙橋沙希『青木繁 世紀末美術との邂逅』求龍堂、2015年、152-153頁� 中島岳志「インド人のまなざし、インド人へのまなざし 近代日本における『印度』の位相」『東アジアの近代と日本』、慶應義塾大学出版会株式会社、2007年、421頁� 同書、421頁� 森山秀子、植野健造、貝塚健、山野英嗣編著『没後100年 青木繁展─よみがえる神話と芸術』石橋財団石橋美術館・石橋財団ブリヂストン美術館・毎日新聞社、2011年、219頁
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