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― 165 ―⑯尾形光琳の模写研究─「西行物語絵巻」について─研 究 者:京都造形芸術大学 非常勤講師  奥 井 素 子はじめに尾形光琳(1658~1716)は俵屋宗達(?~1640頃)及び宗達工房の作品をいくつか模写している。筆者は現在、光琳の宗達作品の模写の仕方や意図について研究している。本稿では、光琳筆「西行物語絵巻」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、以下、光琳本と称す)を取り上げ、光琳の模写の仕方やその意義について考察する。これまで、宗達筆「風神雷神図屏風」(建仁寺蔵)を模写した光琳の「風神雷神図屏風」(東京国立博物館蔵)については、両作品のモチーフの輪郭線が概ね一致することがわかり、光琳が宗達作品を敷き写ししたか、何らかの粉本や下絵を使用した可能性があることがみえてきた(注1)。光琳が宗達作品を敷き写ししたか、あるいは下絵や他の誰かが写した粉本を使用したかでは、光琳の継承の仕方が変わる可能性があるのではないかと思う。光琳の全ての作品をみると、模写した作品のみならず宗達が創出した技法のたらし込みや画風など、宗達から多くを受け継いでいる。別々の時代に生き、師弟関係のない光琳がどのようにして多くの宗達作品と出会えたのかは推測の域をでない。また、宗達の下絵や粉本類が光琳に渡っていたという仮説等も立てられるが、それを実証する資料も今のところない。そこで個々の模写作品を考察することによって継承の実態や手がかりがみえてこないか試み、光琳にとっての模写とはどういう意味があったのかを再考したいと考える。そこで今回、文化庁蔵の宗達筆「西行法師行状絵詞」(重要文化財、以下、宗達本と称す)を臨写して制作されたと考えられている光琳本を考察していく。その方法は、パソコンに取り込んだ両本の写真を同比率で縮小し、光琳本の方を50%透過させ、宗達本の上に重ねて、両本の輪郭線が一致するかを確認し(注2)、また、この度の調査やカラー写真によって、両本の描き方、細部の模様、配色や塗り方等についても比較検証した。本稿では、継承の経緯までは辿れないが、引き続き光琳の模写工程を探るものである。1.光琳本と宗達本の概略宗達本も模写作品である。宗達は宗達本(元渡辺千秋遺愛の品で、渡辺家本の名で

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