― 168 ―致する。配色も同じである。一方で、縦の長さの都合で建物や人物等の配置を若干変えている所やずらしているような所もある。一部の建物においては若干のずれがある。また、例えば〔図1〕のように、草は緑、花はピンクや黄色で描かれ、若干のずれが生じていると思われるが、各モチーフの色の線も個々に合せると概ね一致するため、敷き写しは墨だけでなく、色も使って写し取っているといえるだろう。但し、ほとんどが全体的にみると概ね一致するが細部をみると微妙にずれることを述べておきたい。ずれの原因は、光琳が写したときに生じたずれや筆者がPCに取り入れる際のずれ、写真のずれ等も考えられる。今回の絵巻の写真画像の限界でもあるが、写真自体の縦横の寸法が実物の絵巻の寸法の縦横の比率と微妙に違い完全には一致しない。また、宗達本の写真は1紙ごとに撮られているのではなく、途中が切れている画像もあり、2つの写真から慎重に切って貼りつけた画像がある。その為、明らかに使用できない21紙の重ね図は検証の対象から外した。しかし、若干のずれがでるなかでも、木、岩、鳥、動物等の個々のモチーフ、特に人物は個々に重ねると合う。人物の衣文線や頭手足等々の角度が違うということはなく、逆にここまで一致するにはやはり敷き写しをしなければ難しいのではないかと考えられる。このような状況であることをお断りして、概ね一致している図像の分析を試みる。光琳本は宗達本より縦の幅が0.6~0.7cm長いことから、光琳の敷き写しの仕方を大別すると次のような傾向が指摘できる。下(方)から写して上部に絵を描き足す場合。上(方)から写して下部に絵を描き足す場合。真ん中辺りから写し取って、上下に絵を描き足す場合。また、紙を動かしながら構図をほんの少しずつ変えて、部分ごとに写す場合もある。例えば、第4巻第3紙の両本を重ねた〔図5〕では、宗達本〔図6〕は下に描かれる建物の礎石の上部がほんのわずかに見える程度だが、光琳は上(天)の方から写し、紙が長い分、下の礎石を大きく描き足している。他には、第2巻第6、7紙の二紙に渡って描かれる吉野山にて桜が散るのをみる場面ではモチーフごとに重ねると概ね合致するので、紙を動かしながら写していると考えられる。第6紙の右側の山や桜は下方から、左側の桜は上方から、第7紙の西行と桜の木の幹はさらに下に紙を下げて写し取られていると見て取れ、二紙を繋ぐ上部の霞は宗達本の平行線から改変して右下から左上へと斜めにひいている。さらに、光琳はできるだけモチーフを画中におさまるよう配置する傾向もみられた。例えば宗達本の遠山の頂上や木の上が切れている所や、先にも挙げた木の横の枝が画面の外にはみ出ている所を、光琳は画中におさまるように構成する(第2巻第9
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