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― 171 ―指摘したい。第一に、従来考えられていた臨写ではなく、敷き写しによって制作した可能性が高いこと。第二に、忠実な写しにより、当初の宗達本の姿を留めているという記録としての価値があること。今は剥落が多い宗達本の当初の絵の姿がある程度再現が可能になる。その点でも貴重な作品といえる。第三に、光琳本は完成度の高い作品といえる。詞書の紙は約50cm、合理的に削減していたが、その分絵の紙は余裕をもって使い、また決して手を抜かず、ふんだんに絵具を使って色鮮やかな光琳版を制作している。第四に、模写の仕方も具体的にたどることがある程度可能であると考えられる。写し忘れもほとんどなく丁寧に写し取っているといえ、紙の縦の長さが違うため補ったり、自らの紙幅にあうように紙を動かしながら全体の構図を整えたり、またモチーフを画中におさめようとする意図もみられた。模写というと今では剽窃のようなイメージがあるが、江戸時代は今のように複製が作れる機械などなく、注文主の要望に応えてくれるのは絵師であり、絵師が複製品をつくる仕事を担っていた。光琳本の絵は、全く手を抜かず、紙、金泥、銀泥、絵具をふんだんに使っている。その理由には、資金や矜持があったことが考えられるだろう。模写だから二流品と単純に決めつけることはできない。確かに多くの模写作品はオリジナルより劣る。しかし、光琳の「風神雷神図屏風」や「槇楓図屏風」(東京藝術大学大学美術館蔵)の場合、それを光琳風に変えて芸術作品にしていく感性と技量をもっている。一方で、本作品の「西行物語絵巻」はそれらの屏風のような大きな改変は見られず、紙の縦の長さにあうよう工夫しながら、どちらかといえば丁寧に配色も忠実に写していると言える。光琳は屏風には自分のイメージを打ち立てて制作しているが、この絵巻の模写は複製品を基本的に同じように作るというスタンスで制作していると言えよう。そして顧客を満足させただろう。現時点で出来た検証はここまでであるが、光琳筆「西行物語絵巻」が敷き写しの可能性が考えられることから、光琳の模写については再検証しつつ研究を進めていきたい。また、宗達本と旧毛利家本や他の「西行物語絵巻」の模本についても今後調査して、模写方法のみならず多角的に研究したいと思う。注⑴内藤正人「風神と雷神 宗達・光琳、そして抱一をつなぐもの」『国宝 風神雷神図屏風 宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造』出光美術館、2006年、60頁。同氏が宗達と光琳の各風神雷神図の輪郭線の一致を発表、光琳敷き写し説を出す。奥井素子「尾形光琳筆『風神雷神図屏風』の模写工程の考察-俵屋宗達筆『風神雷神図屏風』との比較からみる-」『美学』236号、2010年、85-91頁。輪郭線の解釈の違い等から光琳自身が敷き写ししたのではなく、下絵か誰

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