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― 176 ―⑰陶磁器制作における版本・写本の利用について─江戸後期の京焼を中心に─研 究 者:兵庫陶芸美術館 学芸員  梶 山 博 史1.はじめに版本からの図様利用については、中国明・清時代や江戸時代の絵画史研究において蓄積が厚く、絵画の制作方法としては当然のことと認識されている(注1)。この方法は工芸品にも散見され、漆工史研究では、江戸中期の小川破笠による、明・万暦年間に製墨家の方于魯によって編纂された墨の図案集である『方氏墨譜』(注2)からの利用(注3)、江戸後期の原羊遊斎による『雪華図譜』からの利用(注4)が、既に指摘されている。日本陶磁史の分野でも、江戸前期の肥前有田窯の磁器における『八種画譜』からの引用(注5)や、江戸後期の再興九谷窯のひとつである宮本屋窯における、『方氏墨譜』からの引用(注6)が確認されている。さらに筆者は、『方氏墨譜』と『芥子園画伝』について、江戸後期の京焼陶工である二代高橋道八(1783~1855、号仁阿弥、以下適宜「仁阿弥」と呼称する)と、その弟である尾形周平(1788~1839)が、煎茶器制作の図案帳として活用したことを指摘した(注7)。一方、江戸時代の日本陶磁、なかでも京都で制作された京焼に関する研究史を概観してみると、これまで展覧会や美術全集などでとりあげられてきたものは、青木木米(1767~1833)の煎茶器以外は主に抹茶器であり、木米以外の煎茶器が研究の俎上に乗るようになったのは、ここ20年ほどである。また、様々な陶工とその作品をまとめて概略を述べる「総論」が多く、個々の作品を掘り下げて考察した「各論」は極めて少ない。本稿では、このような研究史上の空白を埋めるべく、版本図様の利用事例を継続的に博策した結果、利用が新たに判明した仁阿弥道八の煎茶器をとりあげ、その利用方法について個々に分析を試みる。また、写本図様を利用した煎茶器も紹介し、その需要者についても言及する。そしてこれらの煎茶器を通して、中国への憧憬を抱き煎茶を嗜んだ人々の要求に対して、仁阿弥たち陶工がどのように応えたのかについて考察を進める。2.版本を利用した仁阿弥道八の煎茶器江戸中期以降、売茶翁高遊外が広めた煎茶が流行するに至り、江戸後期の京都を中心に活動した、木米・仁阿弥・周平といった陶工が、煎茶用の道具を制作した。彼ら

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