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― 183 ―に比して極めて少なかった(注20)。それに対し本稿では、敢えて仁阿弥の煎茶器のみをとりあげた。それらの細部の作りや絵付けは極めて繊細であり、陶工としての卓越した造形力や技術力は、煎茶器にも存分に発揮されているのではないだろうか。紙数の都合上本稿では数例しか紹介できなかったが、仁阿弥の魅力的な煎茶器は意外にも多く存在しており、それらは仁阿弥イメージの再構築、さらには江戸後期京焼の再考へと導くのである。最後に本稿の執筆にあたり、作品の閲覧および図版掲載をお許し下さった各所蔵機関とその担当者、個人所蔵者、ならびに安河内幸絵氏(サントリー美術館)に心より御礼申し上げます。注⑴『近世日本絵画と画譜・絵手本展─名画を生んだ版画─』町田市立国際版画美術館、1990年、小林宏光『中国の版画 唐代から清代まで』東信堂、1995年など。⑵『方氏墨譜』は、明・万暦16年(1588)から同36年にいたる20年間に、何回も版行を重ねたと考えられている。中田勇次郎解説『方氏墨譜』同朋舎出版、1980年、24~25頁。⑶『笠翁細工─小川破笠─』京都国立博物館、1991年、68頁。⑷『羊遊斎 江戸琳派の蒔絵師』五島美術館、1999年、145~148頁。⑸荒川正明「肥前磁器と『八種画譜』─古九谷様式における人物意匠の背景─」『出光美術館研究紀要』5、1999年。⑹『飯田屋八郎右衛門生誕200年記念 赤絵細描の妙技展』石川県九谷焼美術館、2004年、56~57頁。⑺『尾形周平展』兵庫陶芸美術館、2013年、98~109、180~181頁。⑻清朝陶磁に用いられる、中国で「臙脂紅(えんじこう)」と呼ばれる、金を呈色剤とするピンク色の顔料を仁阿弥が使用し始めた時期は、文政10年(1827)から天保10年(1839)の間である可能性が高い。梶山博史「江戸後期における清朝粉彩磁器への憧憬─仁阿弥道八を中心に─」『陶説』744号、2015年。⑼『陶磁』1-2、1928年、口絵6。⑽万暦30年代(1602~11)に製墨家の程大約によって編纂された墨の図案集である『程氏墨苑』にも、「五清」の図案が掲載されるが、石が単独で盆に据えられ、松・竹・梅・蘭が長方形の花盆に一緒に植えられており、5種の組み合わせも図様も異なる。中田勇次郎解説『程氏墨苑』同朋舎出版、1980年、23~29頁。⑾『画本手鑑』出版の意図や内容、特質については、小林宏光「十八世紀の日中美術交流 上─大岡春卜の画譜にみる中国図像をめぐる諸問題─」『実践女子大学文学部紀要』34、1992年に詳しい。⑿中野晴久「足利家茶瓶四十三品図録」『常滑市民俗資料館研究紀要』Ⅸ、常滑市民俗資料館、2000年。図10もこれより転載した。⒀入間市博物館ホームページ収蔵資料検索参照(2015年5月現在)。http://www.alit.city.iruma.saitama.jp/search/artifact/det.html?data_id=39273

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