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― 200 ―⑲17〜18世紀フランス所在輸出磁器コレクションの研究研 究 者:国立歴史民俗博物館 研究部 機関研究員  櫻 庭 美 咲はじめにイギリスやドイツを筆頭に西洋の国々では、17世紀~18世紀に遡る来歴を持つ数多くの伊万里焼コレクションの所在が確認されている。伊万里焼の使用は宮廷の調度や食器として西洋の広い地域に浸透した。膨大な伊万里焼が西洋諸国へ輸出されたことは、伝世品や貿易記録に基づく先行研究によりあまねく伝えられている(注1)。ところが周知のようにフランスでは、フランス革命(1789~99年)の影響で王侯貴族のコレクションの所有先が移転し、大規模な流出を余儀なくした。激動期の変化は当該研究の対象である伊万里焼のコレクション形成史にも影を落としたはずであり、革命以前の実態を把える事はもはや不可能といえる。革命以前までの来歴がわかるフランス所在品が、ルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿が所蔵するフランス王室の旧蔵品〔図1〕、シャンティーイ城が所蔵するコンデ公兼ブルボン公ルイ4世アンリ(LouisIV Henri de Bourbon-Condé, 1692-1740)の旧蔵品と、ストラスブール工芸美術館に所蔵されるロアン公ルイ=ルネ=エドゥアード(Louis-René-Édouard Rohan, Prince deRohan, 1734-1803)の旧蔵品など一握りしか知られていないのはこのためである。一方、フランス製マウント装飾を伴う伊万里焼や、フランス革命以降にフランスで購入されたと伝えられる伊万里焼コレクションの例は、フランス以外の国々では豊富にみうけられる。加えて18世紀のフランスでは、シャンティーイ窯やサン・クルー窯などフランスの磁器窯による柿右衛門様式磁器の写し物製作が盛んとなった。これらを総合的にみれば、質の高い伊万里焼が18世紀のフランスにも少なからず存在したことは自ずと推測されよう。その実態を検証するために本研究では、フランス所在の伊万里焼の伝世品を調査するとともに、伊万里焼に言及した17~18世紀の財産目録及び商業記録等の古文書をふくめた文献調査にも着手した。その過程で、ドイツ、オランダ、イギリス、オーストリアなど伊万里焼が多く所在する西洋諸国の地域において共通してみられる、壁面に設置した多数の装飾的なコンソールに膨大な数量の磁器を陳列する磁器陳列室と呼ばれる室内装飾が、フランスには見られないことも判明してきた。それに代わる受容法としてフランスでは、マウント(注2)(英語mounts、仏語montures)という金属による装飾が独自の発展を遂げた。西洋では、価値の高い工芸品にマウントをほどこし装飾することが流行し、マウントは様々な国で製作されたが

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