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― 201 ―(注3)、とりわけ18世紀パリのマウントは洗練を極めた。フランスのみならず、ドイツやイギリス、ウィーンでも、見事なフランス製マウントを伴う伊万里焼〔図2〕が宮廷社会を中心に広く所有された。伊万里焼の受容史において、マウントによる装飾デザインの成熟はフランス固有のものである。そこで本稿では、18世紀における来歴が明らかなフランス製マウントを伴う伊万里焼の事例にもとづいて、フランスのマウント装飾が伊万里焼におよぼした加飾の意味を明らかにしていきたい。1.フランス製マウント装飾の主な流れフランスにおける初期のマウントは、木製の台座に金塗りをほどこしたものである。18世紀初頭までの時代、マウント装飾の主流は木製品であった。さらに1700~1730年頃になると銀製のマウントが登場する。銀製マウントは特に鉢や碗などの食器に装着されたものが多い。口縁や底を覆うことにより衝撃から保護し、蓋や器面にも装着され摘みや把手としても機能した。銀製マウントには金鍍金をほどこした豪華なものもみられ、主に宮中の道具とされるが、その高値ゆえに宮廷以下の階層まで普及することはほとんどなかった(注4)。マウントがブルジョワを含む広い範囲で流行していくのは、所謂オルモル(英語ormolu、フランス語durure dʼor moulu)と呼ばれるマウント素材の開発以降である。オルモルはマウントの装飾性を向上させ、内部装飾への適合を劇的に促進した。オルモルは圧延された金の小片であるとともに、同時にそれを用いためっき、金彩技法の総称である。特に金と水銀の合金でめっきした黄銅または青銅(銅が50%以下の割合)である。オルモルは、陶磁器のみならず蒔絵などの木製家具も飾った。一方、オルモルの素材は銀よりもはるかに安価であった。オルモルはコスト面で有利であるだけでなく可塑性にもすぐれ、絢爛たる外観の創出に適していたため室内装飾の素材として宮殿建築に活用された。とりわけ1730年代以降のロココの時代、ロカイユをはじめとする曲線を様々な角度に組み合わせてかたちづくる斬新な造形のオルモルには、時代の流行を普遍化する魅力が満ち溢れていた。さらに18世紀後半には新古典主義のオルモルが製作され、オルモルの製作期は歴史主義の時代までひきつがれる。オルモルの注目すべき装飾効果は室内装飾への様式適合化である。例えばロココ様式の室内の場合、壁面や調度は明るく軽快な情趣が充ち溢れ、曲線の連なる有機的な装飾文様で覆い尽くされている。室内のあらゆる壁面、床、調度品など、すべての要素は同一様式の装飾文様に彩られ統一されている。そこにオルモルを付けず伊万里焼を置いたと仮定しよう。柿右衛門様式の平面的な文様や簡素な器形、あるいは金襴手

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