― 206 ―大きく三面に分割され、中央の枠内に環を取り付けたギンバイカの枝、その左右の枠内に月桂樹の枝、その両脇の枠内には円花飾りを配する。器の台座は炎をかかえこむ三本の獣足で囲まれ、アカンサスが浮彫りで表されている。これらのオルモルは1770年頃パリの製作とされ(注20)、アカンサスや月桂樹などの古代ギリシャ意匠や直線・円を中心とする装飾はルイ16世様式にあたる。一方この鉢は、その来歴をピエール・ルイ・ポール・ランドン・ド・ボワセ(注21)(Pierre Louis Paul Randon de Boisset, 1708-1776)まで遡ることができる。ボワセの没後1777年、彼の家財は競売に付され、鉢はマルシャン・メルシエのクロード=フランソワ・ジュリオ(注22)(Claude-François Julliot, 1727-1794)により2,401リーヴㇽで落札された(注23)。競売記録の記述は以下に述べる通りである。508 丸い鉢2点、3つのカールトゥーシュ装飾には白い背景に日傘を手にした2人の背の高い唐人が描かれている。その中央には花鳥と低木が表される。カールトゥーシュは深い空の青色の小さな葉を連ねた刺繍飾りのような帯状装飾であり、器全体から蓋まで覆い茂っている。また、この鉢は蕾模様の飾り、パネルの枠組みや透かし模様、円花飾りや3つの輪を取り付けるためのギンバイカの枝から成る帯状装飾、獣足飾りの三足の台座で装飾されている。台座は炎を吹き出しその表を台輪が取り囲む。すべて金鍍金ブロンズで作られている。飾りを含む高さ28プス(約76cm)、直径11プス6リンヌ(約43cm)(注24)(翻訳筆者)。その後2点の鉢はオーモン公爵(注25)(通称duc dʼAumont / 実名Louis-Marie-Augustin dʼAumont de Rochebaron, 1709-1782)の手に渡るが、その没後1782年に同じマウントを伴う同一品が2点競売にかけられている。それをふたたびジュリオが2,721リーヴルで落札し、フランス王ルイ16世(Louis XVI, 1754-1793)が計画した王室の博物館に納入した。当時、王とその取り巻き達は「博物館」を建て、宮廷の所蔵品の一般公開を計画していたが革命により途絶されるのであった(注26)。のちに鉢は19世紀にサン=クルー宮殿へ移され、その後1870年より国の管轄に置かれ現在に至る。まとめ日本の伊万里焼は、マウント装飾と結合することによってフランスにおける最新の美術様式と融合し、西洋宮廷の美術として不動の地位を獲得した。柿右衛門様式磁器にいたっては、18世紀に入りすでに50年以上経過した骨董品にもかかわらず、宮廷中
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