― 218 ―は1cm以下である。また、一つの型に多数の菓子型が掘り込まれる小ぶりの落雁、または干菓子の打出しとしてNo.39やNo.42などがある。No.42には、銘が彫り込んであり、同じく柄の部分に番号も彫り込まれる。沢山型を作って番号をふったものかもしれない。No.41の型は小ぶりな鯉の金華糖の両面型である。6 大名好みの型不特定の人に販売することを目的とした菓子と異なり、特定の注文主の意向に従って作られる木型として、大名家の木型などがある。文学的な主題などに沿った意匠で精緻な彫刻が施された木型が多い。一般の型と違い、意匠を重視して匁付きなどは度外視した厚みのある、大振りな菓子が多い。No.11は糸巻落雁の木型である。糸巻落雁は古典的な図柄であり、一般にも広く使われているが、この菓子は約10cm角もあり、かなり大振りな落雁である。「真龍院様御好御形 呂印ノ壱 文政九年戌春」などの銘が書かれる。真龍院とは加賀藩12代藩主前田斉広の正室であった女性である。「御好御形」、つまり真龍院から注文があった際にのみ使ういわゆる留型であったことがわかる。天保10年(1839)の銘を持つ長生殿の木型No.25とともに加賀藩の御用を勤めた株式会社森八に伝わるものである。また、No.25の打出しは平面形が長方形の本体に柄がつく典型的な金沢の打出しの形状である。また、今回の調査では前述した紀州徳川家由来の「絵手本」に関係する木型がいくつか見つかった。No.19とNo.20~24、No.32の木型である(いずれも株式会社両口屋是清所蔵)。 No.19の蛤型については、「絵手本」の中に彩色された図が掲載され、「天保四巳七月初而被 仰付候」「初薫り」と書かれており、材料としては「砂とう みちん粉 紅 くちなし」があげられている。貝の外面に施された宝珠文には2種類あり、外面には真紅に金の宝珠文、内面には白く盛り上がった花弁、黄色の花芯の八重菊が描かれ、鮮やかな対比を伝えている。No.32の型は同じ意匠の型がやはり紀州家由来のものとして現存しているが、こちらも「絵手本」に記載があり、菓子の名称は「賎の垣根」とある。絵手本には「弘化三年七月初而被 仰付候」「砂とう みちん粉紅 藍 よせがらし くちなし」とあり、鮮やかな紺地に、深緑色の夕顔の葉、真っ白な花、黄色の瓢が表現されている。No.20~24の木型は、組み合わせて一つの意匠を表現している木型であることがわかった。掲載した図はNo.20~24の木型の画像データを反転させ、組み合わせたもの
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