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― 220 ―本調査にあたっては、本文中に掲載している調査先の各機関に加え以下の方々にご助力とご教示を賜った。記して感謝申し上げる(五十音順、敬称略)。稲田慎一郎・今西知夫・今西善也・今村京子・今村規子・遠藤早智子・遠藤仁兵衛・大坪美保・大西肇・川島英子・河元正博・神原邦男・菊岡洋之・木村繁春・木村慎平・鈴木裕範・高橋克伸・高屋昌昭・竹村はつ子・田中武行・田中一史・田丸みゆき・徳力康乃・中嶋克博・中宮嘉裕・中山圭子・野口誠・野尻吉雄・橋本昌宏・平田榮三郎・藤本知晴・藤本知靖・普照志計男・森宜資子・諸江吉太郎・横谷賢一郎・吉田孝洋・吉村良和・渡邊昭夫注⑴現在の菓子木型には、二枚型、打出し、割型、両面型、板型などがある。型の種類や部分の名称は地域や時代、職人によって異なるが、本論では『菓子木型─和のかたち─』2011の分類・名称によった。No.15は持手を持つ打出しである。現在も干菓子などによく使われる型だが、近世の古い段階の型はほとんどこの形式のものである。No.35は二枚型で、下の彫刻を施される部分を台、面などと呼び、上になる部分は下司、上枠などと呼ぶ。また、二枚型は菓子が抜けやすいよう、菓子に接する上部側面には傾斜が付けてある。菓子によって側面の立ち上がりが垂直になるものは、下司を分割しないと菓子が取り出せないために上部の枠が分割できるようになっている。これを割型というが、近世の厚みの大きい落雁に良く使われる型である。No. 41は型の両面に彫刻が施され、合わせると内部が立体的な型になるもので、金華糖などの飴を流し込むような菓子などに使われる。⑵『菓子木型─和のかたち─』2011では9点の絵手本を出品いただいた。絵手本という名称は総本家駿河屋の口承によるもので、その名称の由来や成立時期は不明である。落雁、棹物、飴類、餅、饅頭などの菓子が種別ごとにまとめて描かれている。うち3冊には菓銘だけでなく、菓子の由来なども書かれている。⑶その後、2015年3月には新会社・株式会社総本家駿河屋として営業を再開された。(旧)株式会社総本家駿河屋が所蔵していた和菓子に関する資料類については文化財として和歌山市立博物館へ寄贈された。⑷最初に発表された「菓子木型考(一)」(徳力1965: 26)には、「或る旧い菓子屋の縁の下から泥まみれになって、」木型を発見し、「すばらしい掘り出しものだと直観(ママ)し、早速三日掛りで泥を洗い落として見ると、実に立派な芸術品であることがわかった。」とあり、文中の表記から昭和10年ごろにこの木型を「発見」したことがわかる。この木型のコレクションは、主に大型の打出しで構成されており、徳力はこれらの型の形式や図柄、彫り、製造される菓子の形状や大きさなどを分析し、またその社会的な背景も細かく考察を行った。さらに後には老舗菓子店が所蔵する近世の菓子木型の観察による検討も加えて、その後の著書、『落雁』(徳力1967、徳力1975)の中で木型と落雁に関する考察を発表している。⑸銘の読解については藤實久美子(ノートルダム清心女子大学教授)の教示を得た。⑹菓子木型ではないものの、「御鯉」、オリという祭礼用の“生せんべい”の型に元禄2年(1689)銘のものがあることを亀井千歩子(亀井1996)が報告している。これは一枚の板に鯉を彫った

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