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― 221 ―木型である。米粉と水で作った生地を詰め、成型後、乾燥させて赤く着色し、神饌とする。この木型は代々家に伝わるもので、桜か梅の木で土地の器用な人が彫るものとされる。⑺ 現在の落雁は、加熱した穀物の粉と砂糖類を混ぜて木型に詰め、成型したものである。この菓子と近世の「落雁」と呼ばれた菓子が同じものかどうかは、検討する必要があろう。また、加熱しない粉類と砂糖類を混ぜて型に詰め、その後蒸した菓子に白雪糕がある。これらは近世においては区別されていたが、現在では地方によっては混同される。金華糖は、熱い糖液を木型に流し込んで作る立体的な飴菓子で、現在では金沢などの一部の地域で作られるのみである。⑻ 吉田2012は、木型の頭部の隅切について「江戸時代でも古い年代に多く見られる印象」と述べている。今回の調査でも江戸期でも年代的に古くなると思われるものには多く見られた。しかし金沢の木型など江戸期のものであっても隅切がないものもあるので、これも職人の個性によるのかもしれない。ただ、隅切される木型に近代以降のものはあまり見当たらない。参考文献徳力彦之助 1865「菓子木型考(一)」『萠春』138巻 26-29頁 日本美術新報社徳力彦之助 1966a「菓子木型考(二)」『萠春』140巻 19-26頁 日本美術新報社徳力彦之助 1966b「菓子木型考(三)」『萠春』141巻 9-15頁 日本美術新報社金沢復一 1966『江戸菓子文様』 青蛙書房徳力彦之助 1967『落雁』  三彩社柳 宗理 1972「加賀の菓子型」『民藝』237巻 6-12頁 日本民芸協会徳力彦之助 1975『落雁』  三彩社『落雁展:德川期の菓子木型を中心に 町田郷土資料館 第5集』 1975(展覧会図録) 町田郷土資料館吉井始子 1978『翻刻江戸時代料理本集成』1巻 臨川書店柳 宗理 1979「菓子型美考」『民藝』322巻 2-3頁 日本民芸協会河野 實 1979「落雁木型の変遷─羽子板状木型の平面形状を中心に─」『民藝』322巻 4-7頁 日本民芸協会日本民芸協会 1979「和菓子と菓子型 虎屋・黒川光朝さん、浦田直之さんに聞く」『民藝』322巻8-12頁 日本民芸協会尾久彰三 1979a「「日本の菓子型展」について」『民藝』322巻 13-24頁 日本民芸協会尾久彰三 1979b「日本の菓子型」『小さな蕾』58巻(通巻136) 54-67頁 創樹社美術出版諸江吉太郎 1983『落雁考 前編 日本の落雁と木型』(著者発行)菓匠会記念誌委員会 1987『記録・上菓子屋仲間から菓匠会まで』 菓匠会諸江吉太郎 1992『落雁考[後編]』 諸江屋諸江吉太郎 1994『加賀百万石歴代の菓子』 諸江屋『「菓子型の世界展」第四十六回虎屋文庫資料展』1996(展覧会図録) 虎屋文庫亀井千歩子 1996『日本の菓子 祈りと感謝と厄除けと』 東京書籍平田栄三郎 2000「菓子木型物語─付・菓子小史─」『民藝』570巻 日本民芸協会青木直己 2000『図説 和菓子の今昔』 淡交社中山圭子 2001『和菓子デザイン』 ポプラ社諸江吉太郎 2002『加賀百万石ゆかりの菓子』乾 北国新聞社出版局

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