tsuto
236/639

― 226 ―㉑ ビザンティン聖堂装飾における「聖母の眠り」図像研究─カッパドキアの作例を中心に─研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程  武 田 一 文序聖母マリアの死は正教で最も重要な祝祭である十ドデカオルトン二大祭に数えられ、それを主題とする「聖キミシス母の眠り」は、壁画が現存する聖堂であればほぼ全てに、と言ってよいほど頻繁に描かれた。西欧ではその祝日である8月15日が「聖母被昇天」を祝い、「眠り」図像も多くは残らないのと対照的である。一方で、その構図と聖堂内の配置は多くの作例で差異が少なく、よって図像学的研究も盛んでない。そこで筆者は9世紀から15世紀、地域はバルカン半島からトルコにかけて、すなわちビザンティン帝国のかつての版図から幅広く作例を収集し、これまで看過されてきた幾つもの小さな差異に着目してきた。過去の作例を忠実に写していくことを是とするビザンティン美術にあっては、その小さな差異が生み出されるにも理由があったと考えられるのである。2014年度のフィールドワークではトルコ、カッパドキアでの作例が収集できたため、本論ではこれを中心に考察する。問題設定・フィールドとしてのカッパドキア「聖母の眠り」は、臨終の床にあるマリアの許にキリストが降臨し、その魂を受け取り天へと上げたという説話に基づく図像である。聖書では語られなかった聖母の死については、民間伝承を経て多くの聖職者が説教によって潤色し、現在伝わる形となった(注1)。大枠を述べれば、晩年のマリアの許を天使が訪れ、間近に迫った彼女の死を告げる。マリアはこれを心静かに受け入れ、ただ十二使徒と最後に再会したいことを述べる。マリアの望みに応え、奇蹟によって十二使徒が参集する。死の床についたマリアの許に天軍と共にキリストが降臨し、マリアの魂を受け取る。天使に手渡された魂は、天国へと導かれる…といったものである。図像としては、おおむね上記の説話を忠実に絵画化したと言えるものがビザンティン美術における定型となる。すなわち、構図はほぼ左右対称であり、中央にベッドに横たわるマリア、その奥に直立し、マリアの魂を腕に抱くキリスト。左右に十二使徒が並び、マリアの死を悼む。キリストの背後や周囲には天使や主教が描かれる。上空にはマリアの魂を受け取る天使が飛び、一部の作例では奇蹟によって集まる使徒の姿が、雲に乗って飛来する姿で描かれる。以上の定型は、10世紀には既に定まっていた

元のページ  ../index.html#236

このブックを見る