― 231 ―質も示唆するものと考える。孤立したカッパドキア─「聖母の眠り」から歴史状況を見る─1212年のカルシュ・キリセ、13世紀末のクルク・ダム・アルトゥ・キリセシの例からも、他地域では十二大祭サイクルが普及し、聖堂西壁が「眠り」の定位置となっている13世紀においてもカッパドキアではその装飾プログラムが一般的でなかったことが分かる。従って「眠り」図像の古い構図は、一つには向かい合う聖母子像との関連という必要性がなかったため、と解釈することができるだろう。定位置である西壁は、また聖堂の中軸でもある。ドーム中央に描かれる「キリスト・パントクラトール」図像を始め、中軸には円形モティーフ(メダイヨン、キリストのマンドルラ)と左右対称の構図を持つ図像が好まれた(注21)。魂を高く掲げるキリストより、胸に抱くキリストの方が動きが少なく、左右対称に近い。姿勢の変化は中軸図像としての要請でもあったろう。一例として、同じく13世紀末のマケドニア、オフリドのパナギア・ペリブレプトス聖堂の「眠り」図を挙げよう〔図12〕。上述したマンドルラは、キリストの神性を強調するモティーフとして重要なものである。筆者は以前に他地域において1191年のマケドニア、クルビノヴォの聖ゲオルギオス聖堂が「聖母の眠り」におけるマンドルラの初出であり、それ以降はいずれの作例にもマンドルラが描かれることを指摘した(注22)。しかしカッパドキアでは、13世紀の2作例でもマンドルラを持たない。キリストの姿勢と合わせて、カッパドキアでは中期の、それも早い時期の構図がそのまま維持されていることが見てとれる。マンドルラを持たないキリストは、相対的にキリストの神性の強調が少ない、ということもできよう。一方で高く掲げられたマリアの魂は、図像の中でもその存在が強調されているように見える。従って、この構図はマリアの魂の昇天、マリアの人テオーシス間神化を強く示す図像となっている、と指摘できよう。より新しいキリストの胸元に抱えられる構図は、マンドルラと併せて、降臨したキリストに救われたマリアという意味合いが強まる。魂の昇天についての意識が弱まる一方、「キリストに救われる」というメッセージ性は観者に自らの魂の救済を期待させるものとなる。このようなメッセージ性は聖堂西壁、出入口上部という定位置と密接に関わると考えており(注23)、定位置を持たなかったカッパドキアの「眠り」では観者との接触を志向しなかったと思われる。対してマリアの魂を高く掲げることにより、その生涯最後の時に魂が天へと昇ることを強調する。カッパドキアにおいて歴史的な転換点が1071年のマラズギルト(マンツィケルト)
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