― 257 ―⒆ 山本陽子「『華厳縁起』義湘絵の一場面から─なぜ善妙はあられもない格好で泣かなければならなかったか─」『明星大学紀要【日本文化学部・生活芸術学科】』6、明星大学、1998年、51~57頁。なお、高山寺には二幅の仏涅槃図が伝わり、双方に当阿難像が描かれるが、一つは鎌倉時代・13世紀後半、いま一つは南北朝時代・14世紀の作と見られ、山本氏も触れているように、ともに制作時期は明恵在世時を下るだろう。また、広島・耕三寺蔵八相涅槃図や京都・万寿寺蔵八相涅槃図等、阿難とは別にこの善妙とよく似た体勢をとる人物(梵天か)を描く作例もあるため、本図が確かに阿難図様に依拠するとは言いがたい。⒇ カレン・L・ブロック「「義湘絵」における善妙の描写─その意義と受容」『仏教芸術』176、毎日新聞社、1988年、11~36頁。� 西山厚「明恵の思想構造─釈迦への思慕を核として─」『仏教史学研究』24(1)、仏教史学会、1981年、41~44頁。� 『四座講式』「涅槃講式」(『大正蔵』84、898頁上~900頁下)。� 梅津次郎「義湘・元暁絵の成立」『美術研究』149、国立博物館附属美術研究所、1948年、30~41頁。� 『夢記』(『明恵上人資料第二』東京大学出版会、1978年、145~146頁)。� 『高山寺縁起』(『明恵上人資料第一』東京大学出版会、1971年、643・675頁)。� 『喜海四十八歳時之記』(『明恵上人資料第一』東京大学出版会、1971年、625~626頁)。� 『高山寺縁起』(『明恵上人資料第一』東京大学出版会、1971年、643頁)。� 同注⒇。
元のページ ../index.html#267