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― 269 ―㉕ デイヴィッド・ホックニーの「フランス三部作」舞台美術─音楽と独自のキュビスムから─研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士課程  田 中 麻 帆1 問題の背景イギリス出身の画家デイヴィッド・ホックニー(1937-)は1982年以降、写真を使った一連のコラージュ作品によって世界的注目を集めた。この制作に伴い彼は独自の視覚論を唱え、パブロ・ピカソらが20世紀初頭に創始したキュビスムについて、西洋の伝統的な遠近法では捉えられない時間の流れや空間の広がりを、複数の視点によって表現するものとして解釈した。ただし、当時のホックニーの制作は写真や絵画などの平面作品のみならず多様なメディアに渡り、中でも1970年代から多数携わった舞台は時間や三次元空間と分かちがたく結びつく総合芸術であり、ホックニーの視覚論を再考する鍵となり得る。とりわけ「フランス三部作」(初演:1981年、メトロポリタン・オペラ、ニューヨーク)はキュビスムの興隆と時代を同じくした芸術家たちの演目から成る。演目1『パラード』(エリック・サティ作曲、ジャン・コクトー台本)は1917年の初演時にピカソが舞台美術を担当し、演目2『ティレジアスの乳房』(フランシス・プーランク作曲、ギョーム・アポリネール台本)の劇としての初演は1917年、演目3『子供と魔法』(モーリス・ラヴェル作曲、コレット台本)は1910-20年代の間にオペラ化された。本三部作は、ホックニーの一連の舞台美術に初めて焦点を当てた大規模な個展“Hockney Paints the Stage”でも中心的に扱われており、代表作といえる。しかし同展のカタログ論文は三部作制作の経緯を部分的に紹介するのみである。また、先行する修士論文は三部作の総合的な解釈には至らず、ケネス・シルバーによる比較的詳細な批評も、着想源の推測を中心としている(注1)。このため本稿では、各演目と美術デザインの関係について、楽曲分析を主軸として体系的に検討しながら、三部作全体の舞台美術を包括的に考察する。ホックニーと親交の深い文学者ステファン・スペンダーの証言によれば、画家はオペラの舞台美術をデザインする際、まずは楽曲を聴き込み、次いで脚本を検討したのち作品の歴史や過去の演出例を参照する、というプロセスを常に採っていたという(注2)。それでは画家はどのように三部作の音楽およびキュビスムという課題に取り組み、いかなる形で独自の表現を作り上げたのだろうか。以降にはまず三部作の概要を確認したい。

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