― 272 ―を描くピカソの絵画は、1980年のMoMAの回顧展に展示されている〔図1〕。またホックニーは当初、ピカソがアルルカンやペガサスなどのモチーフを描いた初演時の舞台幕デザインを参照し、習作を試みたが、実際の舞台デザインでは幕を絵柄のない赤一色のものに変えた〔図2〕。これは『パラード』の曲冒頭の一節のテーマ名が「赤い幕(Rideau Rouge)」であるためと指摘されている。ただし赤一色の幕には生地の織目を示す黒いクロスハッチングの線が描き込まれ、オリジナルの幕に描かれていたアルルカンが着る赤黒の菱柄を想起させる〔図7〕(注12)。加えて、一見ピカソに忠実な衣装についても、MoMAで展示されたオリジナルの立体的な量感〔図3〕に対し、ホックニーの習作は「フラット」と注意書きが添えられ、より平坦な色面構成となっている(注13)。以上の点から、ホックニーはピカソのオリジナルデザインを取り入れながらサティの楽曲のテーマやその幾何学的な構造を活かすデザインとして、トリコロールと菱形のパターンを平面的な構成のうちに用いたと考えられる。3-2 『ティレジアスの乳房』本作はアポリネール台本による荒唐無稽な筋書きの劇を、プーランクの楽曲によってオペラ化したものである。物語の舞台はザンジバルという架空の町で、典型的な南仏の港が見える。ある日、家事にあきあきした主人公テレーズは、彼女の「夫」に性別を交換しようと語る。すると突然、彼女の乳房は赤と青の風船となって飛び去り、顔には髭が生え、男性ティレジアスとなって家を出ていく。続く町の場面では、酔っ払い二人組が言い争いの末、銃で相打ちとなって死んでしまい、町の人々がその浅はかさを揶揄して歌うが、のちに二人組は生き返る。また、騒ぎに駆け付けた警察官が女装した「夫」に一目惚れするなど、非現実的な展開が繰り広げられる。第二幕が始まる頃には「夫」は自力で4万人の赤子を生み、乳母車であやしている。更にはキュビスムのコラージュでより沢山の子供を作ろうと思いつき、新聞紙を切り裂き糊で貼り、新聞記者を生み出す。しかし記者が彼の子作りの不正を暴こうとしたため、追い払ってしまう。最後の場面では、占い師に変装していたティレジアスが正体を見せると、彼女と「夫」はお互いにありのままの性別でいるほうがよいと気づき、本来の夫婦に戻る。ホックニーは以上の筋書きについて、争いを生むよりも子供を産んで命を育むべきという教訓だとしている。アポリネール台本の劇に基づくためか、本作の楽曲は三部作の中で最も説明的な台詞や歌詞が多く、楽器の演奏はそれを装飾する役割を担う。テンポが速く、音の上下
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