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― 273 ―や抑揚も多い軽快でコミカルなメロディとなっており、演奏法についても弦楽器の細かい刻み、音を一気に上下するグリッサンド、打楽器のドラムロールなど装飾的技法が多用される。特に初演の指揮者ローゼンタールの名が記されているスコアにおいては、冒頭部分で本来の速度記号♪=63(やや遅いテンポ)を消し♪=96(中程度-やや速いテンポ)に修正するほか、弦楽器のピチカート(弦を指で弾く奏法)の記号を消して弓弾きにし、フォルテ(強く)をフォルテシモ(非常に強く)に変更するなど、より速く簡潔な演奏が目指されている(注14)。こうした楽曲の特徴について、まずは衣装のデザインと比較したい。画家が20世紀初頭のデザイナーであるポール・ポワレを参照したとの指摘(注15)を踏まえ、ポワレの画集および同時代のファッション・プレートを新たに調査したところ、ホックニーのデザイン習作と色や形態、ポーズが酷似する挿図が9点発見された〔図4、5〕(注16)。1980年の制作指示書に「全て1912年の服装」、コーラスの服装を「地元の人々と夏の観光客」の二種類に分けるとの記述があることからも、画家が台本に即した時代考証を試みていることが分かる。1910年代、ポワレの画集によって先駆されたファッション・プレートはキュビスムなど同時代の芸術に影響を受けており、衣服の細部描写よりも平面的な構成によって印象を強調するものであった。また、上記の挿図が多数掲載される“Journal des dames et des modes”には手袋、日傘、海辺の避暑地のファッションなど、1912-14年の流行が豊富に示される(注17)。ホックニーはこれらを参照することでキュビスムを取り巻いていた社会状況を踏まえ、反戦的テーマの喚起を意図したと思われる。ただし制作指示書に「『子供と魔法』よりはリアルに、しかし非常にシンプルに」との注意もあるとおり、衣装の色彩は実物よりもファッション・プレートの単純化された鮮やかな色合いに近く、荒唐無稽な展開や軽快で装飾的な楽曲に相応しいものとなっている。舞台セット〔図6〕についてはこれまでラウル・デュフィら20世紀初頭の画家たちが描いた南仏の風景画との類似が指摘され、シルバーはピカソのコラージュ《セレの風景》をセットの源泉としている(注18)。しかし、紙を一枚ずつ重ねていったような奥行きや、最も奥の風景が画中画のように見える点からは、同じピカソでも『パラード』(1917年)〔図7〕や『プルチネッラ』(1920年)の舞台デザインの影響が目立っていよう(注19)。更に色彩やモチーフについては《カンヌの海岸》〔図8〕でキュビスム風に表現された空と海の明るい水色、および白く塗り残したヨットとの類似がみられる。セット手前の建物はコラージュや断片的色面の集積から成り、左側面の点描は浅い奥行きを感じさせ、《暖炉の前の男》〔図9〕などの総合的キュビスムに着想を

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