― 275 ―てることにした。ライトの色との組み合わせによって、音楽の中の特定の音が際立つと考えたためである。更に、シトーウィックが試みた共感覚の実験によれば、ホックニーの場合、高い音を聴くと赤、ピンク、黄色を連想し、また、短調すなわち暗い響きの和音を分散して奏でたメロディに、青や紫色を結びつける反応を示した(注22)。以上の点を踏まえ楽曲を分析すると、物語の転換点にあたる音楽と舞台セットの色彩に相互関係が見い出せる。まず、冒頭部と終結部に繰り返されるオーボエのメロディは「子供」の部屋のセットに関連が深いと考えられ、スコアの上ではト長調もしくはホ短調である。平行和声を成す二つの旋律は冒頭2小節の間、ペンタトニックすなわち五音の音階となって階段状に上下する。フレーズ全体もほとんど長調か短調か判然とせず、明るさと暗さの混ざり合う響きとなっている。セットのデザイン習作では、部屋の中心を占める大きな天井の梁を青で塗ると同時に赤い縁で枠取り、階段状に五つ描く。また、壁は緑の地にピンクで模様が描かれている。どちらも青と緑をベースに赤系統の線描を加えた構造となっており、こうした色彩の対比は、明るさと暗さが等価に混交した和音や、特徴的な音階の動きと連関しているといえよう(注23)。次に楽曲の中盤は、ホ短調(もしくは嬰ハ短調)に転調するものの、第二幕冒頭で「子供」が部屋から庭に出て場面が転換するまでの一連の部分においては、猫のカップルの加速度的なアリアが突如止んで静寂が広がったのち、調性に囚われない神秘的なメロディが弦楽器のレガート(音を長くつなげる奏法)で演奏され、和音の拡がりを感じさせる(注24)。この箇所でホックニーはセットに青いライトを当てたという。画家は、「ラヴェルはまさに「青い」」と語っており、別の機会には、青が空間的な広がりを感じさせる色であると述べている(注25)。事実、青いライトを当てることで青い葉むらの量感が増した庭は、台本に記述された月明かりを表すと同時に、青い光が浸透した庭の雄大な空間性を示す重厚な和音の広がりを補完する効果をもつ。一方、ホックニーは猫のアリアのメロディに合わせてセットの木に赤い線描を加えた。また、物語の最後で庭の生き物たちが荒ぶるが、「子供」がリスを助けたことに驚くと音楽が止み、穏やかになる場面では、赤いライトが当てられたという(注26)。本作を通して、猫のアリアや庭に住む鳥のさえずりなどは、上昇的なメロディや高い声、フルート、ハープなどの高音によって表現され、その生命力を感じさせる。画家は庭に住まう生き物の息吹を、赤色によって引き立たせたと考えられよう。以上のように『子供と魔法』のデザインは、赤と青の対比やライトを用いた色彩同士の共鳴によって舞台を包み込み、浸透し合う和音や曲調の転換、庭に満ちる月明かりや生き物の気配など、さまざまな雰囲気を空間的に表している。
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