― 19 ―た形状をみせるなど、その形式完成と規格化はやはり大小や甲冑と同様の様相を呈する。このように、腰刀の変遷をみると、武器としての実用性と、格式上の階層性が時代の刀装形式に大きな影響を与え、それぞれの傾向をもつ装飾性があったことを指摘することができる。本論では、近世初期における刀装の考察ができなかったが、最後に江戸時代において用いられた小さ刀と呼ばれる刀装〔図1〕に注目すると、これは鐔をつけるものの笄・小柄を装着した中世の腰刀に類似するもので、直垂、大紋などの礼装において用いられたとされることから、平常で用いられた大小の脇指よりも格の高い刀装であったと想像される。ここに中世末期における刀装のヒエラルキーが江戸時代に儀礼化して残存していることが分かるが、他方では合口造の短刀などを収める刀装も多くあり、こうした価値観の連続性と体系化の問題は今後の検討課題である。付記春日大社・松村和歌子様、秋田真吾様、京都国立博物館・末兼俊彦様、法隆寺・大野正法様、網干良秀様の御高配によりまして貴重な御腰刀の拝見の機会を頂戴致しました。また、阿蘇神社・池浦秀隆様や嚴島神社様をはじめ、御所蔵者・関係機関の方々には図版掲載の御許可を賜りました。ここに記して御礼申し上げます。図版出典図1・2・4-2・4-4・4-5・4-7・4-9・5-1~5 東京国立博物館 Image: TNM Image Archives 図3筆者作図 図4-1 京都府埋蔵文化財調査研究センター編・発行『京都府遺跡調査概報』105-32002年 図4-3・7 京都国立博物館 図4-6 『草戸千軒町遺跡発掘調査報告』Ⅴ 図4-8 法隆寺 図6 ボストン美術館 photograph (c) 2012 Museum of Fine Arts, Boston. All Rights Reserved. c/o DNPartcom 図8 国立歴史民族博物館注⑴刀身は、刃長(刃わたり)1尺(30.3センチ)未満の刀剣を短刀、1尺以上2尺未満(60.6センチ)のものを脇指、それ以上の刀剣を太刀・刀と呼ぶ。⑵小笠原信夫『日本刀の拵(《日本の美術》332)』至文堂、1994年。岡田賢治「腰刀の時代─刀剣からみた中世世界─」東海大学考古学教室開設20周年記念論文集編集委員会編・発行『日々の考古学』2002年、277~292ページ。⑶三重県埋蔵文化財センター編・発行『嶋抜Ⅱ(《三重県埋蔵文化財調査報告》212-1)』2000年。⑷京都府埋蔵文化財調査研究センター編・発行『京都府遺跡調査報告書』33 2003年。⑸同様の栗形は、岩手・中尊寺金色院の藤原秀衡(?~1187)の遺体を納めた副葬品である「鹿角装鞘残闕」においてみられる。
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