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― 296 ―[…](注15)美人画ポスターは、広告としての目的意識に乏しく、「画家」の描く純粋絵画の延長線上にあるがゆえに糾弾される。濱田は、したがって「目的のために美術手段を用ひ、又は美術上に用ひられ、或は商的な目的に活用される美術(注16)」として「商業美術」を提唱するのであった。以上のように、美人画ポスターは批判されたわけだが、冒頭で示したように多田北烏は、室内に掛けられてきた「美人絵のポスター」は、「懇切的な説明力と絵画的な鑑賞価値により、長期間のポスターとして有効」と述べる(注17)。つまり、掲出場所によって効果の如何は左右されるというのである。こうした意見もありながら批判されたのはなぜか。それは、広告心理学に根ざした近代的なポスターを称揚するためだったと考えられる〔以下、本論ではモダニズム・ポスターと呼称〕。このモダニズム・ポスターへの志向は、大正3年(1914)頃から始まる。先述の井関十二郎は、ポスター作製の要因として、1意匠、2絵画、3色彩、4印刷、5文句、6費用、7寸法の各項目をたて、効果的なポスター作成の方法を紹介する(注18)。例えば、一番目の「意匠」では、注意を奪い、通行者の眼を引きつけるべく刺激を強くする必要性を述べ、二番目の「絵画」では、公衆の注意を惹く手段として軽快を主とし、複雑に過ぎるものは排斥しなければならないと説明する。こうした近代的ポスター観は、例えば先の大戦ポスター展や欧米のポスターを紹介する書籍の刊行などによってはじめて具体的かつ旺盛に展開していく。実作品を目で見て確認することができるようになったからである。例えば『大戦ポスター集』のなかで心理学者の菅原教造は、「出来る丈了解され易い、出来る丈強い、しかも芸術的な印象を狙ふとすれば、形の配列や色の関係を、出来る丈単化して、且つ目立つやうに装飾的に組織」された様式がポスターに相応しいとし、その模範として独逸ポスターをあげる(注19)。このとき初出の「単化」という用語は他の論者に伝播していく。『欧米商業ポスター』を刊行した田附與一郎は「象徴の巧みなると、単化の宜しきを得ば広告掲示板の上に於て、より一層の効果を獲得し且単化は印刷上の経済的利益を伴ふわけです」と単化ポスターのメリットを示す(注20)。杉浦非水は、「一体ポスターは、[…]刺激的であり、刹那的であり、色も線もすべて単化され、強烈なものであることを必要といたします」と述べる(注21)。この非水主宰の七人社の機関紙『アフィッシュ』では、〔図2〕のような作品を単化の効いたものと賞賛し、かつその作者の将来の成功を約束するのである。また濱田が編集長であった『現代商業美術全集』第2巻「実

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