― 298 ―ここではさらに、1920年代から30年代の日本のGDPがいまだ英米の19世紀中頃、つまり同時代の先進国に劣っていることに注目したい。日本と欧米諸国との間には依然として経済的格差が存在し、日本は欧米諸国を追いかける立場にあった。日本が欧米諸国に比べ経済的に劣勢である状況が、日本のポスターをとりまく現状への批判に転嫁していると思われるのである。例えば、その名も『ポスター』なる書籍を刊行した日本画家集団・高原会の1人である玉村善之助(1893~1951)は「如何にして『貧弱』なる言葉を避け度いと思ひつつも、吾国ポスター界の現状は何と云ふ進歩の遅々たるものであらう。かつてより我々は秘かに此事については考慮を廻してゐた。[…]時たまたまポスター先進国の西欧諸国就中独逸国のものに一時に多くに接して年々此の感を深くし[…](注23)」と発言している。玉村とともに高原会に所属していた田中一良は「この世界的産業戦争の時期に入つて日本は二つの重大な根本的な仕事に全力を傾注しなければならぬ。第一は幼稚な工芸文化、産業を健全に進歩発達さして行く所の学術的研究及び実際的の努力奨励」を行う必要性を説く。田中は、こうした学術的研究や努力奨励は宣伝、とりわけ「目下の社会状態で最も能率の上るのはポスター」として、ポスター研究の必要性を唱えるのであった(注24)。ほかにも、大阪市役所産業部が編集した『ポスターと広告の研究』では、広告に絵画が応用されているのを「喜ぶべき現象」とし、「此の絵画が最も敏捷に人の注意を引付け、其の品物の何であるかを了解せしめ、進んでは購買心を唆らうと云ふ広告に応用されるのは当然で、寧ろ其の発達の遅いのが不思議な位である、文明国の広告程絵画の応用が頻繁で、而も極めて巧みである」と、現状、広告をとりまく状況において日本は発達が遅れ、文明国すなわち欧米諸国は進歩しているというのである(注25)。このような言説に鑑みると、美人画ポスターが批判されモダニズム・ポスターが称揚された一因がみえてくる。すなわち、国際的競争社会に参入するなかで、それに資すると思われるポスターにおいて、日本は立ち遅れた状態にあり、ここから早く抜け出し、成熟した先進国と比肩しうるようになる必要性があったというわけである。そのために注意を喚起し刺激を与えるようなポスターが称揚され、その優位性を強調するために、正反対の性質を持つ美人画ポスターが批判されたのであった。おわりに広告において、刺激に富んだ画面によって注意を引きつけるというのは、現在普通のことと考えられている。しかしながら、歴史を遡り考察してみると、必ずしも当たり前ではないことがみえてくる。すなわち、欧米先進国と比較しつつ、劣ったポスター
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