― 302 ―㉘ 1950年代日本の美術史学の史学化志向─文化史懇談会の活動を中心に─研 究 者:東京藝術大学 美術学部 教育研究助手 太 田 智 己はじめに1950年代は、美術史学会(1949年発会)が本格的な活動を始めるなど、戦後日本の美術史学が、研究体制の基礎を固めた時期にあたる。この時期の美術史学を特徴づけるのは、美術史学と歴史学の関係を深めようとする、“史学化志向”ともよべる学術上の動向だった。たとえば後述のように、40年代から日本の美術史学をリードした家永三郎は、53年に美術史学会の『美術史』誌上で、「美術史学を歴史学として確立しようとする科学的態度」を啓蒙している。また51年度には、文部省科学研究費交付金の受給カテゴリで、前年度まで哲学の下位分科だった美術史が、史学の下位分科に移転した。こうした美術史学の史学化志向は、50年代を通じて展開していくことになる。このように美術史学と歴史学が関係を深める50年代に、美術史学者と歴史学者の共同研究会として活動したのが、文化史懇談会だった。同会は1950年に結成され、会長を務めた田中一松のほか、吉沢忠、鈴木進、熊谷宣夫、秋山光和ら、戦後日本を代表する美術史学者たちが参加した。同時に同会には、色川大吉、遠山茂樹、川崎庸之らの歴史学者も関わっていた。まさに当時の美術史学と歴史学の連帯を象徴するのが、文化史懇談会だったといえる。そして美術史学の側にとっては、歴史学との関係を強める史学化志向が展開するなかで行なわれたのが、この文化史懇談会の活動だった。美術史学の史学化志向については、同志向が30年代に生起し、50年代には美術史学界で主流的な動向となっていたことを論じた別稿がある(注1)。ただ、50年代に美術史学者と歴史学者を直接的に結びつけた文化史懇談会に関しては、活動の実態を分析した先行研究が見当たらない。さらに、同会を史学化志向のなかでどのように位置づけるかについては、これまでの美術史学史の研究では論じられてこなかった。しかしこれらを明らかにすることは、戦後の美術史学史を紡ぐ手始めとして、また、現在の美術史学の学際性と独自性を考えるうえでも、重要な基礎作業となるはずである。そこで本稿は、1950年代の文化史懇談会の活動内容を考察し、それを史学化志向の展開過程と関連づけて論じることで、同会が美術史学史上に果たした意義を明らかにすることを目的とする。以下ではまず、(1)文化史懇談会の組織としての概要を確認したうえで、(2)同会が具体的に、どのような活動を行なっていたかを検討する。そしてそれらをふまえ、(3)文化史懇談会の学史上の意義づけを、史学化志向と関
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