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― 310 ―㉙ 朝鮮王朝前期仏画にみられる明仏教文化の受容─ 成化13年(1477)作《薬師仏会図》(ソウル・Leeum美術館所蔵) を中心に─研 究 者:九州大学大学院 人文科学府 博士後期課程  李   智 英序本研究は、ソウル・Leeum美術館所蔵 《薬師仏会図》〔図1〕(以下、本図と略称する)について考察し、主にその形姿にあらわれる特徴を通じて朝鮮王朝前期仏画にみられる明仏教文化の受容の経緯や道筋を明らかにするものである。本図は、画面下方に成化13年(1477・成宗8年)の年記をもつ発願文をともない、15世紀、朝鮮王朝前期(注1)仏画における数少ない基準作の一つであるのみならず、その内容から当時の王室周辺の信仰をうかがうことができる点でも貴重である。また、彩色において朱・綠青・金泥を主に使う高麗時代の仏画に範をとる一方、像容は、薬師如来の尖頭形の肉髻、面長の顔、細くしまった腰の表現など、前代の高麗仏画の表現にはなかった新しい要素が見出される点に特色がある。如来の身体表現にみるこのような特色は、本図をはじめとする朝鮮前期の仏画に広く確認できるもので、従来、「チベット仏教の影響」として指摘されてきた。ただし、先行研究では、図像学的観点から、朝鮮王朝の集会形式の仏画にあらわされた四天王の図像に高麗仏画にはない新たなチベット仏教の影響を見いだす見解が多かった(注2)。そのため、作例に表れた新たな特色の成立過程については、いまだ十分に検討されてないと言える。本稿では、 朝鮮王朝前期仏画にチベット的要素が顕れる背景について、高麗時代後期におけるチベット仏教の受容とは別に、朝鮮王室と明皇室との交渉から生じたものとする観点よりその成立過程を探っていく。まず、現存する仏画の上に新しい要素が顕らかとなるのは、朝鮮前期においてとくに1460年から90年代の間であることに注目し、Leeum美術館所蔵 《薬師仏会図》を考察する。そして、この時期王室仏事の重要なパトロンとして活躍したのは、時の王成宗と、本図の願主明淑公主の母、 昭恵王后(1437-1504) であるが、とりわけ昭恵王后の家系と明の宮廷との間に密接な関係が築かれていた史実をふまえながら、15世紀に起こった仏画の変化について考えていく。

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