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― 320 ―㉚ 在日朝鮮人美術家・真鍋英雄(金鐘湳:1914-1986)に関する研究─戦後日本に残った朝鮮人留学生の一例として─研 究 者: 東京芸術大学大学院 美術研究科 博士後期課程金  智 英(キム・ジヨン)序真鍋英雄(韓国名・金鐘湳:1914-1986)は、戦前に朝鮮半島で生まれ、日本で美術を学んだ朝鮮人留学生であり、戦後日本に残った第一世代の在日朝鮮人美術家でもある。彼は朝鮮人留学生の中でも珍しくシュルレアリスムを駆使した前衛美術家であり、韓国の近現代美術においても語られるべき貴重な存在であるものの、これまで知られる情報が殆ど無かった。そこで本稿は、彼の資料を発掘し、その生涯と芸術を探ることで、戦後日本に残った在日朝鮮人美術家がどのような意識と造形形式を持って創作活動をして行ったのかを知ることを目的とする。戦前の日本における朝鮮人美術留学生は、終戦までに数百名に上ると推定されるが、帰国後韓国で活動した人物に比べて、そのまま日本に残って在日朝鮮人になった人物については十分に研究がなされて来なかった(注1)。戦後に渡日した韓国人美術家や、日本で生まれた第二世代の在日朝鮮人美術家に関する研究は、比較的活発であり、画家研究とともに通史的な研究がなされているが(注2)、終戦、戦後を経て留学生からすぐ在日になったケースについては、未だに発掘・研究がなされていない人物が多い。戦争期を挟んでいるため、現存する資料が少ないことや、創始改名などによって追跡が難しいためである。筆者は、まず真鍋の所属した団体や周辺画家の資料の中で彼の情報を収集し、日韓にいる遺族や知人へのインタビューを実施し、作品の実見調査を行った。本稿では、それらの結果を基にして、彼の生涯を復元し、また彼の作品を当時の日本と朝鮮の画壇の流れの中で見ることで、その特徴を把握することにする。結論としては、真鍋英雄は朝鮮人として最も長い間シュルレアリスム技法を駆使した前衛的な美術家であり、また朝鮮人よりは日本人に近いアイデンティティを持って生きた人物であることを指摘したい。この研究が、在日朝鮮人の多様な様相に関する理解につながることを期待する。一 生涯:「金鐘湳」から「金子英雄」を経て「真鍋英雄」へ(注3)真鍋英雄は、1914年に慶尚南道山清郡で父・金聲培と母・崔志南の3男1女の三男

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