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― 326 ―人物であったのだ。真鍋英雄は、不合理な時代に逆らう「英雄(ヒーロー)」というより、既存社会に編入しようと努力した「異邦人」であった。彼の作品によく登場する鬱蒼とした草の間に隠れ、辛うじて目だけを出している動物、また目立たないように保護色を帯びて草畑と一体になっている昆虫は〔図8〕、「真鍋英雄」という保護色を着て日本の社会に生きていた朝鮮人の自分のことを暗示しているのだろうか。彼の遺品の中で、「朝鮮」と関連したものは、写真アルバムに残っている演劇「春香傳」の一場面を撮った写真一枚が唯一である〔図9〕。彼が舞台美術のアルバイトをしていた時に撮られたと思われる。村山知義が演出し、新協劇団によって上演された「春香傳」は、操を立てて情人を待つ女性をテーマにした朝鮮王朝時代の古典小説を劇化したものである。「金子英雄」として生きていた当時の彼は、この演劇を見ながら何を考えていたのか。そして自分の息子にまで朝鮮人であることを言わなかった「真鍋英雄」は、この写真を何故一生持っていたのだろうか。結び真鍋英雄は、朝鮮には稀なシュルレアリスムの画家であり、本研究は彼の発掘を通じて韓国近代美術史に抜け落ちていた部分を埋めたことに一つの意義があろう。また既存の研究による在日朝鮮人美術家像とは異なる、一つの類型を発見したことに意義があると思われる。在日朝鮮人を見る観点は常に「民族的」なものに偏りがちではあるが、その枠から抜けて一人の個人としての人生を眺めると、在日朝鮮人の顔はより多様になると思われる。「ヒーロー」でない微力な一人の人間の前に置かれた時代的な状況や限界と、困難の多い異邦人の道を出来れば止め、普通に生きたいという素朴な欲望がぶつかった地点に、数多くの「真鍋英雄」が誕生しただろう。彼の発掘が、日本社会の一部であり、韓国近現代美術史の一部でもある在日朝鮮人美術家に関する理解につながることを期待する。注⑴近年に筆者による研究が一つあった。金智英「全和凰生涯芸術」『韓国近現代美術史学』第27号、2014年6月。⑵「疎外美術世界、解放以後在日美術」『在日人権』展図録、光州市立美術館、2000年;高晟埈「在日韓国人の美術─日本現代美術史のなかで」『』展図録、国立現代美術館、2009年;「解放以後 在日同胞女性1、2世美術活動祖国表象」『韓国近現代美術史学』第22集、2011年12月。⑶ご遺族で息子の真鍋弘氏とは、2015年3月18日に、友人の関口一郎氏とは2015年3月19日にそ

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