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― 327 ―れぞれインタビューを行なった。関口氏は103才の高齢にも拘らず、昔の出来事を詳細に証言して下さった。韓国在住の姪・金宣氏とは、2015年4月29日にソウルでインタビューを行なった。また資料の収集については、板橋区立美術館の弘中智子氏から多大な助力を得た。ご協力頂いた皆様にお礼を申し上げたい。⑷当時の新聞販売店の息子であった山形通氏の証言を、ご遺族の真鍋弘氏が話されたことによる。⑸弘中智子「麻生美智子さんに聞く『新人画会の時代』」『新人画会』展図録、板橋区立美術館、2008年、115頁。⑹尾崎眞人「『池袋モンパルナス』考」『美術フォーラム21』18号、2008年11月、115頁。⑺『福沢一郎絵画研究所』展図録、板橋区立美術館、2010年、107、112、123頁。⑻真鍋英雄「一つの想出」『美術文化』美術文化協会、1955年1月、19頁。⑼「Local Artist Shows Surreal Paintings」『Afterburner』1970.3. 遺族の真鍋弘提供。⑽「真鍋英雄・高山良策二人展チラシ」ギャラリージェイコ、1980年9月16日~24日。⑾山田諭「日本のシュールレアリスムとは何だったのか?」『日本のシュールレアリスム1925~1945』展図録、名古屋市美術館、1990年、8頁。⑿大谷省吾「シュルレアリスムと行動主義─小松清、福沢一郎、矢崎博信を中心に」『近代画説』15号、2006年12月。⒀福沢一郎「新形式論」『独立美術』2号、1932年11月、91頁。⒁加太こうじ「画塾・福沢研究所」『思想の科学』第450号、1989年2月、66頁。⒂金瑢俊「白蠻洋画会」『東亞日報』1930年12月23日。⒃「超現実主義絵画」『東亞日報』1936年4月18日。⒄吳之湖「現代絵画 根本問題(五)」『東亜日報』1940年4月27日。⒅金英那「1930年代東京留学生─前衛グループ展 活動 中心─」『近代韓国美術論叢』學古齋、1992年、299~300頁。⒆金英那、前掲論文、312頁。⒇安惠靖「文學洙 生涯 絵画研究」全南大学校大学院美術学科 修士学位論文、2006年2月。� 真鍋英雄、前掲資料、19頁。� ご遺族の真鍋弘氏の提供による。� 関口一郎の証言による。そして1940年に美術文化賞を受賞した時の作家略歴と、1970年に開かれた個展の宣伝記事にも、京都出身であると書かれている。「第一回美術文化展受賞発表」美術文化協会、1940年;「Local Artist Shows Surreal Paintings」、前掲資料。

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