― 332 ―数見受けられることから(注4)、子ども絵と唐子図との直接的な関係が窺える。『絵本直指宝』の巻一には、狩野派による「唐子遊図」に頻繁に登場する盤双六や囲碁、書画、春駒、子をとろ子とろなどの遊びをする唐子たちの図様が集められ、浮世絵師はそれらからの積極的な図様借用を行い、唐子図を描いている。浮世絵師たちは狩野派が描いた本画を直接見る機会はなかったとしても、『絵本直指宝』のように広く流布した狩野派の絵手本を参照する機会はあった。他にも、18世紀前半に刊行された『画筌』(林守篤画、1721年刊)や『卜翁新画』(大岡春卜画、1753年刊)、『画宝』(吉村周山画、1767年刊)などの絵手本や、『墨絵 ひなかた都商人』(吉田光義画、1715年刊)といった雛形本の中にも狩野派の系を引く唐子図様が収録されており、浮世絵師の周りには手本とするべき図様が溢れ、共有されたイメージがあったことが了解される。ここで興味深いのは、〔図2-1~3〕のように、浮世絵師たちが唐子図様を応用する際、そのままの唐風俗で描く場合がある一方で、完全に日本風俗にアレンジして描いている場合があるということである。こうした、遊ぶ唐子を日本の子どもに重ねるかのようなイメージの変換は、どういったことに拠るものだろうか。絵手本・本画の唐子図に描かれた遊びに注目すると、先に挙げた盤双六や囲碁、書画、春駒、子をとろ子とろの他に、凧揚げ、鶏合わせ、草合わせ、目隠し鬼、独楽回し、魚釣り・魚すくい、雪遊びなどがあげられる。狩野一渓の著した漢画の画題集『後素集』にも「小兒多あつまりて色々の草合する」「兒子多くよりて鳥を合す、或は竹馬などに乘て色々の翫をおきてあそぶ」「小兒碁ばんにむかひ棋うつ」「村家にて一人の兒蝶の飛に心を付て杖を持ておひ行」と出てくるように、草合わせや鶏合わせ、竹馬、囲碁などの遊びが、唐子図において定番となっていたことが分かる。これらのほとんどの遊びは中国起源であるのだが、ただ、盤双六や春駒、囲碁、鶏合わせ、独楽回し、目隠し鬼などは古く中世より日本に伝わって江戸時代には既に広く普及していたものである。江戸時代前期の石川流宣の絵本『大和耕作絵抄』には、鶏合わせは「いま世上に広まりて子供のもてあそびとなり」と記されており、また、凧揚げや独楽回しは勿論のこと、唐子図に頻繁に描かれる魚すくいや子をとろ子とろも江戸時代の子どもたちのお馴染みの遊びとなっていた(注5)。和様化された狩野派の唐子図様であることに注意する必要はあるが、唐子の遊びには日本で流布していたものが多かったからこそ、唐子の衣装を取り除くだけで、すぐに日本の子どもイメージへと変換することができたのではないだろうか。初期の子ども絵には、〔図2-3〕のように絵手本からの直接的な影響下にある作品以外にも、唐子図の延長線上にあるようなものは多く、水盤から魚をつかんで遊ぶ図様や目隠し鬼、鶏合わせをする図様などは、石川豊信、鈴木春信、
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