― 349 ―参照した可能性が高い。ドイツで活動したヴェンツェル・フォン・オルミュツも、金細工や装身具、金櫃の並ぶ室内で貨幣を計量する貴族風装いの若い女性を描いたエングレーヴィングを残すが〔図5〕、この版画は、天秤による計量に精神的価値の選別や生き方の選択を重ねる寓意表現が15世紀末以前より存在した可能性を示す。本作の注文主やルーヴル美術館による1806年の購入以前の来歴は不詳である。しかし、16世紀末以降、本作を連想させる記録が時折確認される(注2)。特にフィカールトとファン・フォルネンベルフが各々1648年と1658年に著したマセイス伝が、両伝記の被献呈者であったアントウェルペンの商人ペーテル・ステフェンスの所有作として言及する「両替商と妻、1514年(Wisselaer en vrouwe, 1514)」は本作を彷彿させ、興味深い(注3)。1658年の伝記は、同作の額に不正な計量を戒めるレビ記19章36節が銘記されていたという、作品解釈上、示唆的な情報を伝える(注4)。ただし、記銘時期は不明であり、また、本作に基づくコピーやヴァリアントの存在を考慮すると、言及作がルーヴル作品と同一と断言できない点も注意を要する(注5)。本作の解釈に関する先行研究では、貨幣を計量する夫と信仰の書を広げた妻に貪欲と信仰の対比をみたフリートレンダー説、読書を中断して夫の手元を注視する妻にも金銭欲ゆえの信仰の放棄を読み取ったマルリエ説、万物を創造する神とその価値を知らしめる者の関係を貨幣の発行者と両替商の関係に喩えた1463年のクザーヌス著『球体の遊び』の記述に沿って作品を解したシュルツヴェルジェ説、エラスムスの友人ペーテル・ヒーリスの結婚と結びつけたウッダル説等、諸説が提示されてきた(注6)。本稿は特にシルヴァー説に注目するが、彼は、真摯な面持ちで貨幣を計量する夫に、ステフェンスの所有作の額に記されたレビ記の一節が説く誠実な測定と神の意志に適う生き方を、妻にも神の教えに従う誤りのない計量への関心を指摘する(注7)。そして、読書に没頭する鏡像の男性に神への帰依の手本と内省的生き方、街路でお喋りに耽る男たちに怠惰で軽薄な俗世間の体現をみて、両替商夫婦がその中間的立場にあるとした。本稿も概ねこの見方に従うが、彼の説は記銘時期不明のレビ記の一節に大きく依拠し、十分な根拠を示していない点もあるなど論証がやや弱い。よって本稿では、先学の指摘もふまえつつ作品の諸要素を詳細に再検討し、説得力ある解釈の提示を目指す。また、注文主像についても試論を示したい。2、近世フランドルの両替商とそのイメージまず近世フランドルの両替商の役割と彼らのイメージをみていくが、先立って、本作が両替商夫婦像に他ならないことを確認しておく。夫婦周囲の指輪や真珠、金細工
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