― 351 ―描くいわゆる職業肖像画がそれほど一般的ではなかった当時、金融業者や商人らの職業肖像画が度々制作されたことは興味深い。一連の作例は、金銭を扱う職業に従事しつつも誠実な生き方が実践可能であるという主張が、金融業者や商人ら自身の間から生じていたことを窺わせる。このように15-16世紀フランドルでは両替商ら金融業者や商人に批判的視線を向ける伝統が存続していた一方で、金銭を扱う職業にかかわらず誠実な生き方が可能であるという主張も生じつつあった。マセイス作品がいずれの観点を表わすかを知る手掛かりとして、次章では夫婦の周囲に描かれた諸モティーフの含意を検討する。3、画中の諸モティーフについて先行研究では両替商夫婦周囲のモティーフにも注目がなされ、奥の棚のオレンジらしき果物に原罪、無傷で光を透過させるカラフやクリスタルのゴブレットに聖母の純潔、火の灯らない蝋燭と天秤に人間の生命の儚さと最後の審判等、様々なキリスト教的象徴が読み取られてきた(注16)。しかし、天秤は両替商の商売道具、ゴブレットも彼らの一般的取扱品の可能性が高く、日中に蝋燭が灯されておらずとも不自然でない。オレンジやカラフも当時の室内描写に時折認められる(注17)。カラフに特別な意味が読み取られなかったことは、先述のクックの素描からも確かめられよう。同作はマセイス作品をふまえつつ帳簿や文具、金櫃等を大幅に描き加え、実際の両替商の店内により近い空間を再現するが、その一隅にカラフが幾つも無造作に並べられているのだ。他方、カウンター中央で思わせぶりにこちらに向けられた凸面鏡に映る、窓辺で読書する男性像〔図2〕には、象徴的意味が読み取れよう。店内で読書に耽る男性の存在は明らかに異質である。窓外に教会の尖塔らしき塔が見えることから、男性像には神への帰依や内省的生き方の象徴が指摘されてきたが(注18)、本稿もこれを支持したい。右奥に見通される窮屈な空間をわざわざ埋める街路の男たち〔図3〕にも、同じく象徴的含意が推察される。ひとりが人差指を立てて熱心に語り、いまひとりが聞き入るが、前者の弛緩した表情は話題が気楽な噂話の類であることを示す。この男たちにシルヴァーは怠惰や愚行の象徴を読み取った(注19)。彼はその具体的論拠を示していないが、確かに16世紀初頭フランドルで広く読まれたトマス・ア・ケンピス著『キリストに倣いて』の第一書10章「無益なお喋りを避けること」は、気楽なお喋りを俗世間が与える皮相的な慰めで、内面を顧みて神の声を聞くという義務から関心を逸ら
元のページ ../index.html#361