― 359 ―㉞ 黒人女性の表象におけるエドゥアール・マネとディエゴ・ベラスケスの関連性─《オランピア》と《エマオの晩餐とキッチンメイド》の比較を中心に─研 究 者:千葉大学大学院 人文社会科学研究科 博士後期課程 木 田 麻 美はじめに本研究は、19世紀フランスの画家エドゥアール・マネ(1832~83)により描かれ、1865年のサロン発表時にスキャンダルを引き起こした《オランピア》〔図1〕と17世紀スペインの画家ディエゴ・ベラスケス(1599~1660)《エマオの晩餐とキッチンメイド》〔図2〕を比較検討し、黒人女性の表象に付与された機能について考察する。先行研究においては、画面右側の黒人女性について、19世紀に流行したオリエンタリズム絵画からの引用という見解に終始している。《オランピア》における黒人女性の表象は、オリエンタリズム絵画における「非西欧のハレムに仕える半裸体の召使」とは異なる、「西欧の娼家で労働する同時代の衣装を着た使用人」として表現されていることに筆者は着目し、既存の白い肌と黒い肌の対比や異国趣味的雰囲気の創出等とは異なる機能が黒人女性の表象に付与されたのではないかと考察した。時代は異なるものの、画家が生存した同時代の衣装を身に着けて表現された《オランピア》と《エマオの晩餐とキッチンメイド》における黒人女性の表象に対する考察を通して、マネとベラスケスの関連性について再検討する。また、《オランピア》と類似した構図を取りながらも黒人女性は画面に描かれていない《スペインの衣装を着て横たわる娘》〔図3〕を更に比較検討の事例に加え、黒人女性の表象に込めたマネの意図を考察する。1.マネの「スペイン趣味」19世紀フランスにおいては、ナポレオン・ボナパルト(1769~1821)によるイベリア半島への影響力拡大に伴い、スペイン王室に秘蔵されていた美術作品がフランスへ流入し、「スペイン趣味」が流行した。1803年にはナポレオン美術館が設立され、ウジェーヌ・ドラクロワ(1798~1863)等のロマン主義芸術家へも影響を及ぼした。1838年には、ルイ=フィリップ(1773~1850)の命を受けたイシドール・テロール(1789~1879)によりスペインから購入された約500点の絵画作品(注1)を収蔵するルイ=フィリップ・スペイン・ギャラリーが設立され、流行に更なる拍車を掛けた。マネが実際にこの美術館にてスペイン美術を目にする機会があったのかについては、当時のマネの年齢を考慮すると議論の余地がある。しかし、1850年代にはフランシス
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