tsuto
372/639

― 362 ―られるキリスト》の構図を参照している。しかし、イエス・キリストは頭上に光輪もなく、弛緩した身体は聖人の「崇高性」以上に現実の死体の「不気味さ」が表現されている。マネは、「伝統」的作品の構図やモチーフを引用しつつも、テーマ或いは表現の「世俗化」を行い自身の独自性を発揮している。次章では、マネの黒人表象の特異性を明らかにする為に、西欧における黒人イメージの歴史を概観し、特筆して「同時代」の西欧の衣装を身に着けた黒人女性の機能について考察する。3.黒人女性の表象の機能オリエンタリズム絵画における場面設定は時代不明の非西欧であり、当然ながら黒人女性は画家の生きた「同時代」の西欧の衣装でなく、異国趣味的な腰布やトーガを纏った姿で表現される。黒人女性が「同時代」という場面設定の下に西欧の衣装を身に着けて描かれた作品は、サンテ・ペランダ(1566~1638)《ジュリア・デステ》〔図9〕のような肖像画のジャンルが多数を占めている。本作品は、《オランピア》と同様に白人女性の傍らに黒人女性を配置した構成をとっている。画面中央に大きな灰色の襟飾りの付いた黄色のドレスを身に付けた白人女性が僅かに身体を右側に向け直立し、鑑賞者へと視線を向けている。白人女性は髪を結いあげ、頭部に白い宝石の髪飾りと赤い羽根飾りを、耳には白い宝石のイヤリングを付けている。右手に白い布を持ち、左手で黒人女性の差し出した花瓶から赤い花を摘み上げている。画面右側には黒人女性が位置し、僅かに頭部を屈め覗き込むようにして白人女性へ視線を向けている。袖口に黄色のボタンの付いた白と緑の衣服に赤いベルト、頭部に黄色い頭巾(ヘッドドレス)と赤い飾りの付いたヘアピン、耳に白い宝石の付いたイヤリング、白い靴を身に付けている。右手で赤と白のカーテンを除け、白人女性に赤と白の花の活けられたガラスの花瓶を差し出している。黒人女性の背後には、カーテンにより仕切られていた別の部屋が見える。背景左側は影に沈み、何が描かれているのか判別することができず、前方の赤い布の掛けられた物体のみが認識できる。本作品においては、白人女性の「主人」と黒人女性の「召使」という白人優位の権力関係が顕示されているのは明らかである。豪華なドレスと装飾品を身に付けた白人女性と、清潔ではあるものの質素な衣装を身に付けた黒人女性の身分的格差は明白であり、黒人女性が白人女性と対等となる、或いは超越することが可能となる要素は存在しない。19世紀以前の西洋美術において、黒人は主体的意志を持つ表象ではなく、主人である王侯貴族が持つ「異邦人をも従える徳」と「異国にまで及ぶ権力」を誇示

元のページ  ../index.html#372

このブックを見る