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― 393 ―しては前方である(注5)。さて、快慶の作例では、京都・遣迎院の阿弥陀如来立像が持つ左耳対耳輪の上脚は大きく耳輪にそくし、先は前方を向いている。師である康慶の影響をすこし受けたのかもしれないが、耳そのものの形は全く異なっている。また、兵庫・浄土寺(播磨別所)の阿弥陀如来及び両脇侍像は、本尊は「快慶の耳Ⅰ」であるが、左脇侍像の右耳や右脇侍像の左耳などは上脚・下脚とも強く前方を向くもので本尊とは違い、「快慶の耳Ⅲ」といえるものである。ちなみに快慶工房では、建長6年(1254)に「法橋栄快」が造った滋賀・長命寺の木造地蔵菩薩立像が近似するが、やや年代が離れているため彼よりも他の慶派が造像に加わったとするほうが自然であろう。そして、京都・大報恩寺の十大弟子像のうち、迦旃延像と須菩提像の耳は、上脚と下脚の方向が前方を向き、さらにその間の間隔がかなり狭く、慶派の耳に通じるものである。これらの耳の形は快慶では珍しいが、当時の慶派の造る耳としては通例で、そのような癖を持つ弟子か、慶派の他の誰かが造像に手伝っている可能性も考えられるのである。3.行快と同じ「快慶の耳Ⅱ」次に快慶の一番弟子として補佐していたと考えられる仏師に行快がいる。13世紀初めから中頃まで、墨書銘から次の9件の作例が知られている(注6)。【法橋位以前】 ① 大阪・藤田美術館・地蔵菩薩立像 「巧匠/法眼快慶」「開眼/行快」【法橋】時代 ② 京都・大報恩寺・十大弟子像(優婆離) 「法眼/快慶/□□/行快/法橋」、③ 滋賀・西教寺 阿弥陀如来及び両脇侍像のうち、観音菩薩像 「巧匠/法橋行快」、④ 京都(城陽)・極楽寺 阿弥陀如来立像 「法橋行快」【法眼】時代 ⑤ 京都・大報恩寺 釈迦如来坐像 「巧匠/法眼行快」、⑥ 大阪(河内長野)・金剛寺・不動明王坐像 「造立大佛師法眼行快 小佛師字肥後公 字丹後公」、⑦ 滋賀(長浜市菅浦)・阿弥陀寺・阿弥陀如来立像 「巧匠/法眼行快」、⑧京都・妙法院・千手観音立像(第490号) 「法眼行快」、⑨ 大阪・北十萬・阿弥陀如来立像 「巧匠/法眼□□」このうち補佐したと思われる①を除き、本人が直接造像した現存作例は8件である。これらの像の耳では、対耳輪の上脚が上方を向いて伸びるという特色があり〔写真③〕、そり気味になるものもある。前述のように、康慶をはじめとする慶派は上脚と下脚を前に向けるものが圧倒的に多いことから、上脚を上に向けるこの形は、行快

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