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― 415 ―㊴ 美術展覧会という外交─1935年にロンドン王立芸術院で開催された大中国美術展と日本─研 究 者:京都女子大学 家政学部 准教授  前 﨑 信 也はじめに昭和11年から12年(1935-36)にかけてロンドンのThe Royal Academy of Arts(王立芸術院)においてInternational Exhibition of Chinese Art(中国芸術国際展覧会、以下中国展)が開催された。展示のためロンドンに集められたのは、国民政府によって上海に保管されていた故宮の宝物約800件。それに加えて欧米諸国や日本からも中国美術の名品が出品された〔図1〕。中国展は昭和12年の5月7日に閉会しているが、これは日中戦争の引き金となった盧溝橋事件のちょうど1年2か月前のことである。当時、日本の公式参加に際して、日英両国内で何が議論され、何が問題とされたのかについての詳細を解明することは、近代における芸術と外交との関係性を検討する上において資する所があるだろう。中国展に関する国内の先行研究には塚本麿充氏、範麗雅氏、安松めぐみ氏の論考がある(注1)。海外において注目すべき研究としては、Stacey Pierson氏、Ilaria Scaglia氏の研究がある(注2)。本研究は特にScaglia氏が平成23年(2011)にニューヨーク州立大学バッファロー校に提出した博士論文によるところが大きい。氏は同論で英中関係を主軸としながらも日本との関係についても分析されている。本論で用いた主な研究・調査対象はロンドンのThe Royal Academy Archive(王立芸術院アーカイブ)所蔵資料、およびThe National Archives(英国国立公文書館)所蔵の外交文書。東京の外務省外交史料館所蔵文書である。王立芸術院にはこれまで同院が開催した展覧会の記録が、英国国立公文書館と外交史料館にも中国展関連の多様な資料が現存している。上記の先行研究、および資料の検討を踏まえて、紙面が限られている中において本論が目的とするのは、中国展への日本参加の背景について明らかにすることである。同様の内容については、前述の安松氏の研究に当時の新聞記事を対象として概要が述べられている。本論考では安松氏の成果に、英国内の資料と外交史料館の資料の内容を加え、さらに詳細に実態を明らかにするものである。日本参加に至るまでの日英外務省の立場は、これまで明らかにされてこなかった側面であるとともに、近代中国美術史の更なる理解に重要な役割を果たすに違いない。

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