― 428 ―いる仙人の数は少ないものの、その全てに図が付されている。相見香雨氏は、『仙仏奇踪』について、その本文は『列仙全伝』を「節略したようなものである。」とし、図については、「似よった分もあるが、全く別様に描かれている。」「仙仏奇踪の絵像は、先行の列仙全伝と共にその筆者は知られないが、全伝の凡俗なのに比べると、明版本の挿画としては秀れたものである。謂ゆる阿堵伝神の妙も相当に発揮して、さすがに尋常の小説本の類とはその選を異にしている。」と高く評価している(注6)。『列仙全伝』と『仙仏奇踪』の同じ仙人の図を比較してみると、まず「費長房」(『列仙全伝』巻4、『仙仏奇踪』「消揺墟」巻2所載)〔図1・2〕や「藍采和」(『列仙全伝』巻4、『仙仏奇踪』「消揺墟」巻2所載)〔図3・4〕のように両者の図様がよく似ているものが目につく。相見氏が言う「似よった分」というのはこのような図を指すのだろう。一方、「太山老父」のように、両者の図様が全く異なっているものもある。『列仙全伝』巻2の図は、伝記の中から、漢の武帝が東方巡幸の際に見た地面を耕す老父の姿〔図5〕(注7)を描いているのに対して、『仙仏奇踪』「消揺墟」巻1では不老長寿のための神枕を傍らに眠らんとしている姿〔図6〕(注8)を描いている。ただ、『列仙全伝』をさらに見ていくならば、『仙仏奇踪』が「太山老父」図を変更するにあたって、『列仙全伝』巻2に収載されている「太陽子」の図を参照していることに気付く。酔って眠っている太陽子の姿〔図7〕を借りて、神枕の傍らで眠らんとしている太山老父を表したようである。同様の例として、「蕭史」の図をあげることができる。『列仙全伝』巻2では、鳳に乗った妻弄玉とともに龍に乗った蕭史が昇天するくだり(注9)を絵画化している〔図8〕のに対して、『仙仏奇踪』「消揺墟」巻2では、蕭史が鳳台の上でひとり簫を吹く様を描いている〔図9〕。この『仙仏奇踪』の蕭史の図は、簫を吹く人物や宙を舞う鳳、傍らの桐の木などの近似から、『列仙全伝』巻3所載の「蕭綦」の図〔図10〕を参照していると考えられる。『仙仏奇踪』「消揺墟」巻2の「張道陵」〔図11〕は、豊かな髭鬚をたくわえた顔や胸前で両手を合わせ、画面左上を見上げる姿などが『列仙全伝』巻3に収載される「張道陵」〔図12〕の姿と近似しており、「費長房」や「藍采和」などと同様の例と思われる。ただ、『仙仏奇踪』の張道陵が見上げている星座は『列仙全伝』には描かれておらず、星座については『列仙全伝』巻8の「宋有道」〔図13〕を参照したと考えられる。図13は宋有道が雲間から星を見る姿を描いているのだが、張道陵が星座を見
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