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― 429 ―上げるのは、伝記中に、張道陵の母が彼を身籠った際、北魁星から大人が地に降りてくる夢を見たという記述があり、そこから発想を得て、星座を見上げる姿で描いたようである。『仙仏奇踪』が『列仙全伝』の宋有道の図を参照したのは、宋有道の姿が張道陵の姿と近似していたためかもしれない。また、「孫登」については、『仙仏奇踪』「消揺墟」巻2〔図18〕、『列仙全伝』巻4〔図19〕ともに孫登が琴を弾く場面を描いているが、両者の図はあまり似ていない。『列仙全伝』の他の図を確認してみると、巻4に収載されている「嵆康」〔図20〕の方が『仙仏奇踪』の孫登に近似している。『列仙全伝』と同じ図となるのを避けるために、他の仙人の図を参照したのかもしれない。『仙仏奇踪』に収載されている仙人のうち、『列仙全伝』に伝記は載るが、図が掲載されていないものがある。そのようなもののうち、『列仙全伝』の他の仙人の図を参照して版下絵を描いている例がある。たとえば『仙仏奇踪』「消揺墟」巻2の「左慈」〔図14〕の手を後ろで組み、右上方で舞う鶴を見上げる姿は、『列仙全伝』巻5に掲載されている同じポーズの「鄷去奢」の姿〔図15〕を参照している。『仙仏奇踪』「消揺墟」巻1所載の「鬼谷子」も、『列仙全伝』には伝記のみで図が掲載されていないのだが、『仙仏奇踪』の図の右肘を岩につき、左手を膝に置いて、書を読むポーズ〔図16〕は、『列仙全伝』巻2の「司馬季主」〔図17〕を参照していると言えよう。もちろん『仙仏奇踪』の図が『列仙全伝』を参照していない場合も少なくなく、『仙仏奇踪』の図の全てが『列仙全伝』との関係で説明できるわけではないが、上述の「太山老父」図のように、一見すると全く異なる図様で描かれているように見えるものの中に、実は『仙仏奇踪』が『列仙全伝』の図を一捻りしたかたちで借用しているものがあることから、両者の関係は従来考えられていたよりも、さらに深いものであることがわかる。3.『後素集』と『列仙全伝』・『仙仏奇踪』との比較検討次に『後素集』の画題解説の内容と『列仙全伝』・『仙仏奇踪』の本文と図の内容とを比較検討してみる(注10)。『後素集』には仙人関係の画題を収める部門として、巻2に「神仙」部、「神僧」部、「仙女」部の3つの部門があり、「神仙」部に93件、「神僧」部に9件、「仙女」部に18件の計120件の画題が収載されている。これらの仙人関係の画題解説を検討してみると、その中に『列仙全伝』や『仙仏奇踪』と関係があると思われるものが見出される。紙幅の都合上、『後素集』に収載されている120件の仙人関係の画題の全てについて、詳細に論じることはできないが、そのうちのいくつか

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