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― 431 ―る。また同じく『後素集』「神仙部」の「愛鹿図」には「青鳥公(注12)鹿ヲ愛スル体ナリ。」という解説が付されている。『列仙全伝』巻1や『仙仏奇踪』「消揺墟」巻1の「青烏公」の伝記(注13)には、鹿に関する言及は全くなく、『列仙全伝』の図〔図25〕にも鹿は描かれていない。『仙仏奇踪』の図〔図26〕に鹿が描かれている理由は明らかではないが、『後素集』の「鹿ヲ愛スル体ナリ」という解説が、『仙仏奇踪』の図に拠っていることはほぼ間違いないであろう。上記の例から、『後素集』と『仙仏奇踪』とは非常に密接な関係をもっていると言うことができる。それでは、『列仙全伝』はどうであろうか。『後素集』「神仙」部の「劉安愛犬鶏図」には、「劉安ハ高祖ノ孫。淮南王ト号ス。常ニ犬鶏ヲアイス。」という解説が付されている。劉安の伝記は『仙仏奇踪』にはなく、『列仙全伝』巻2に収載される劉安の伝記のうち、犬と鶏が登場するのは、劉安の昇天後の場面(注14)である。劉安が捨ておいた仙薬の入った鼎を犬と鶏が舐め、昇天したという話であるが、『後素集』の「常ニ犬鶏ヲアイス」という表現は、伝記中の記述よりも、雲の上で書物を手にする劉安の左右に、鶏と犬が描かれている『列仙全伝』の図〔図27・28〕に近いように思われる。また、「神仙」部収載の「茅君昇天図」の解説「茅君ハ秦ノ世人。テンニノホル体ナリ。雲マヒサカル体ナルヘシ。」は、『列仙全伝』巻2に収載されている「茅盈」に関する記述であるが、これも『仙仏奇踪』には収載されていない。『後素集』の「雲マヒサカル体」という部分は、『列仙全伝』の伝記中にこれに相当する記述がないので、一渓が『列仙全伝』の図〔図29〕見て、雲について記述しようとした際に浮かんだ表現かと思われる。「神仙」部の「陳摶読書図」の解説には、「陳摶ハ宋朝ノ人。花山ニ居ス。物ノ本ヲ看ル体ナリ。猟師ノ網ニアカリシ袋ノ中ノ子ナリ。」と記されている。後半部の「猟師ノ網ニアカリシ袋ノ中ノ子」という解説が何を意味するのかについては、『列仙全伝』や『仙仏奇踪』の陳摶の伝記(注15)を確認してもそのような記述はなく、図〔図30・31〕を見ても『後素集』の解説に関するヒントを得ることはできない。ただ、『列仙全伝』をさらに見ていくと、巻7の「爾朱洞」の図〔図32〕が『後素集』の記述に近いことに気付く。この図は太守が爾朱洞を竹で作った籠に入れ、江に沈めたところ、籠が漁師の網にかかり、引きあげられたという場面を表したものであるが、『後素集』の「猟師ノ網ニアカリシ袋ノ中ノ子」の「猟師」が「漁師」の誤りであるならば、『後素集』のこの記述は、『列仙全伝』の爾朱洞の図を「陳摶」の図と誤解したも

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