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― 432 ―のと考えることができるかもしれない。『列仙全伝』は、前述の如く全ての仙人伝に図が付されているわけではないため、仙人の図がどの伝記に対応するのか分かりづらいところがある。図17や19のように、図中に仙人の名を記しているものもあるが、全ての図に仙人名が記されているわけではなく、伝記と図との対応が分かりにくい。『列仙全伝』巻7の中で「陳摶」の項は「爾朱洞」の直後に置かれており、一渓が「爾朱洞」の図を「陳摶」の図と誤って、解説文に記したのではないだろうか。おわりに以上の例から、『後素集』の編纂に際して、『仙仏奇踪』が参照された蓋然性がきわめて高く、『列仙全伝』についてもかなり高いと言えよう(注16)。絵入り版本の図に見られるようなテキストの絵画化では、テキストの一部を切り取ることになり、場合によっては描き手の裁量によってテキストにはないものが付加されることもある。一方、図を参照して、テキストを記す場合には、図のある部分に注目することによって、他の部分が捨象されてしまうこともある。本報告で扱った『後素集』が『列仙全伝』や『仙仏奇跡』の図を参照した例では、テキスト→図→テキストという作業が行われることによって、『後素集』の解説が元のテキストの内容から逸脱し、時に画題の解説としては奇妙なものになってしまう様子を示している。『後素集』の利用にあたっては、絵入り版本の図を参照したことによって起こるこのような現象に注意する必要があろう。また、『列仙全伝』や『仙仏奇踪』、あるいは小助川氏が指摘する『帝鑑図説』といった舶載された絵入り版本が、『後素集』編纂にいち早く利用されていることから、近世初期という画題の再編期において、明末に盛んに刊行され、舶載された絵入り版本が新たな画題とその図様を日本に伝える重要なメディアとして認識されていたと言うこともできるだろう。注⑴ 小助川元太 「『後素集』の『帝鑑図説』利用─狩野一渓の画題理解に関する一考察─」『国語国文』898号 中央図書出版社、2009年、1-18頁⑵ 北野良枝 「狩野一渓著『後素集』の校訂」 『鹿島美術研究』年報第15号別冊 鹿島美術財団、1998年、352-357頁⑶ 北野良枝 「『仙仏奇踪』の書誌学的研究」 『駒沢大学 文化』25号 駒沢大学、2007年、49-68頁⑷ 全国漢籍データベース協議会 全国漢籍データベース http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/kanseki? detail

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