― 438 ―り、壁から像を下し、具にそれを目にする機会に恵まれない限り、かようにも質の高い摸刻を制作するのは物理的に難しいと思われる。以上の点から、本頭部像が制作された時期の候補として、鳳凰堂の修理解体工事が行われた1905年から1906年(明治38年から39年)(注2)と1953年から1956年のうち雲中供養菩薩の修理が行われた1955年(昭和30年)(注3)との二つの時期を指摘したい。本頭部像は矢内原伊作が1957年の訪問時の手土産としてジャコメッティに贈ったものであった。そのことは、同財団所蔵の矢内原のアネット夫人宛の2通の書簡及び矢内原の手帳の記述(注4)によって裏付けられる。今年の夏、京都郊外にある平等院へ行って参りました。以前あなた方へ差し上げた雲の中で演奏する仏像の頭部(傍線筆者)があるところです。この寺院の壁には、演奏したり踊ったりしている51体の小さな仏像が設置されているのですが、そのなかの何体かはパリで開催された日本美術展(注5)のために貸し出されていました。以上先日あなた方がご覧になられて私にお尋ねになった仏像の詳細です。つまり、あなた方がお持ちの摸刻のオリジナルは、11世紀に作られたものなのですよ。(アネット・ジャコメッティ宛て矢内原伊作の手紙、1958年9月2日、京都、 アルベルト&アネット・ジャコメッティ財団蔵(注6))また別の書簡では本頭部像の入手経路及び制作者についても言及されている。展覧会のためにアルベルトが僕にくれたリトグラフを貸してほしいと大阪の小さな画廊(注7)から依頼がありました。この画廊主は、今ではあなた方の寝室に収まっている頭部像の摸刻を作った職人の息子なのです。(アネット・ジャコメッティ宛て矢内原伊作の手紙、1957年11月18日、京都、アルベルト・アネット・ジャコメッティ財団蔵(注8))二 書籍31点の蔵書内容は、1絵画に関するもの5点、2彫刻に関するもの5点、3考古に関するもの1点、4絵画、彫刻、考古を有する展覧会図録及び関連書籍3点、5寺院に関するもの6点、6古典芸能に関するもの3点、7日本全般に関する本 8ジャコメッティに言及した日本の出版物に分類することができる。書籍の出版年代は、1908
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