― 448 ―㊷ 19世紀末フランスにおける美術と演劇の交差─挿絵入り演劇プログラムの研究─研 究 者:国立西洋美術館 研究員 袴 田 紘 代はじめにナビ派の画家として知られるエドゥアール・ヴュイヤールと前衛劇団「制作座(ウーヴル座)」との関係は、舞台関連の一次資料に乏しく研究の困難な分野ではあるものの、画家について語る上で言及せずには済ませられないトピックである。ヴュイヤールは1893年の劇団創設に携わり、1897年頃まで舞台装置のデザインや照明といった舞台演出など、多岐にわたって上演活動に深く関わった。なかでも注目に値するのは、同時期にヴュイヤールが手がけた挿絵入りの演劇プログラムである。これは、従来の小冊子型の公演リーフレットとは別に、制作座の予約会員に配られたもので、ナビ派を筆頭に、多様な画家がデザインを担当した。多くはリトグラフの片面一色刷りであり、「リト・プログラム」と呼ばれたが、この19世紀末に誕生したハイブリッドな媒体の展開においてヴュイヤールの果たした役割は大きい。同プログラムの研究は、1979年のエトケンの学位論文を本格的な端緒とし、以後、美術史学のみならず、演劇・文学研究の分野においても、美術と両分野の交差を論じるなかで言及されてきた(注1)。しかしながら、ナビ派およびヴュイヤール研究における絵画作品の扱いに比べ、プログラムは副次的な位置にとどまると言わざるを得ない。実際のところ、個別のプログラム挿絵の図像研究はほとんどなされていない。したがって、個々の挿絵の造形表現を詳しく分析し、そこから画家の意図や文化的背景を読み解くことが、本プログラム研究の今後の進展につながると考えられる。そこで本稿は、事例研究として、1893年11月に制作座がヘンリック・イプセンの劇『民衆の敵』を上演するにあたり、ヴュイヤールが手がけた挿絵入りプログラム〔図1〕を取りあげる。この挿絵はあとで見ていくように、画家がその前後に手がけたプログラム挿絵と著しい様式上の乖離がみとめられるとともに、ヴィヤールのグラフィックアーツ全体から見ても異質である。本作を描いた当時の画家は、どのような芸術的関心を抱き、また戯曲のどのような側面に着目していたのだろうか。過去の研究が掘り下げてこなかった造形的な特質を出発点に、様式分析と社会学的な視座を取り入れつつ、本作をより広い文脈に開いていきたい。
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